東レイ-うば玉にたまずさ | ナノ
09-1 DeciResoution?

「――いいの?」

「……え?」

冬児、京子、鈴鹿、ゆずの四人は夜の帳が降り切った、妙に空気の静かな道のりを、陰陽庁庁舎へ向かって歩いていた。
そんな中、ふと聞こえた小さな言葉に、横を向く。隣にいる頭一つ分背の低い金髪ツインテールの少女、大連寺鈴鹿は、間の抜けたゆずの声音に、半ばキレ気味にその声を荒げた。

「本当に! ……いいの、あんたはそれで、」

しかしそれは徐徐に尻すぼみになってしまう。まるで鈴鹿自身の戸惑いを表しているようで、まだまだ彼女も若いなあとゆずは苦笑した。

鈴鹿は、決められないのだ。
約一年前、固い決意の下かの泰山府君祭を行おうとした少女だとは思えないくらい、現在の彼女は『普通の女の子』に戻っていた。
それが悪いことだとは言わない。
ただ以前と違うことに今の彼女には、大切なものが増えていた。
守りたい者ができてしまった。だから迷うのは当たり前なのだ。

――いや。もしかすると、己がたった一人、春虎に身を捧げようとしていることが許せないだけなのかもしれなかった。けれどそう考えるのはやはり傲慢というものであろう。

「俺はいいよ。それでいい。俺はあいつに、どこまででもついていくつもりだ」

春虎と夜光は違う。
頭では理解していても、なかなか心が理解しない。
己は一体、どちらに対して身を捧げようとしているのか。
しかしそんなことどうだっていいというのが、正直なところだった。
もう自分には、何もないのだ。失ってしまったから。一番守りたかったものを、失くしてしまったから。

自嘲的に笑うゆずを見て、鈴鹿が表情を歪めた。気のせいかもしれなかったがそれはどこか悲しく、切なそうに見えた。

ああ、こいつもこんな顔できるようになったんだな、と数年前の高飛車なだけだった鈴鹿が随分成長したもんだと感心した。
自らの後輩が成長していくのは先輩という立場としても嬉しい限りだ。将来を見守りたいという気持ちもある。
同期の冬児や京子、天馬に関してもそうだ。それに――呪術界そのものにも。
だけれど、それ以上に強い感情が胸の内を占めていた。

どうしようもない虚無感と、罪悪感。

この二つをどうにかするためには、否、どうにかするためではなくとも、己は夜光の生まれ変わりである春虎の起こすであろう泰山府君祭に協力し、そしてその結果どうなったとしても彼の傍に在り続けるだろう。

なにせそもそも、すでに契りを交わしてしまったのだ。
嘘をつき、欺くことを許されない誓いを紡いでしまったのだ。
あの月の美しい日。あの縁側で。
遥か昔のことのようにも、ごく最近のことのようにも思えた。
朧げで曖昧、しかしやけにはっきりと鮮やかに浮かび上がるその情景に、ゆずは青く美しい双眸を細めた。

『――何があっても、俺は、俺だけはお前の味方だ、夜光――』

ゆずは、不安そうに自分を見上げる鈴鹿にも気付かず、在りし日に思いを馳せる。
そうして最後まで遠い瞳をしたままで、彼女にこう言った。

「もう、あいつを一人にしたくないからな」

それを聞くと、彼女はその目を大きく見開いて。
そのあとで何かに納得したらしく、先程とは打って変わった神妙な表情で頷いた。ゆずはそんな鈴鹿に、少し疑問を覚えたが、特に追求することはなく真っ直ぐ前を見つめた。

――そうだ。俺は二度と、あいつを一人にしないと決めた。

この広大な夜空に羽ばたけなくてもいいと、とっくの昔に決めたはずなのだ。


▼ 夜光には同士や式神はいても、『友人』といえる存在の人はほとんどいなかったんじゃないかと思ったりします。……まあ『契り』を交わしている時点でゆずのことを『友人』とは言えないかもしれませんが、その点に関してはご容赦ください……;;
  2013/10/17(2014/02/17up)
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