東レイ-うば玉にたまずさ | ナノ
08〜09 It's a Lie,Lie,

――土御門夏目。

彼女と出会ったのは、ゆずがまだ中学生だったころだ。

そのころから陰陽術に長けていたゆずは、もちろん一方的にではあったが彼女の存在を知っていた。

彼女の中学に転校してきたゆずは、運良く早々に隣同士の席となり、あの夜光の生まれ変わりと噂される人物がどのような人物であるのか、当時の純粋な好奇心から、その表情を盗み見た。
この日のことを、ゆずは多分、一生忘れないだろう。





絶世の美少女。
という言葉がよく似合う子だ、と感じた。

病的なほどに白い肌、艶やかな唇、薄く桜色の色づいた頬。
腰に届きそうなほど長い黒髪は、この世のものとは思えないほど美しく、日の光に煌めいていた。
伏し目がちなはしばみ色の瞳も、どこまでも透き通っている。
しかしゆずはそこに僅かな翳りが隠されていることを察して、その儚げで、けれど気丈な雰囲気が彼女の周囲にだけ浮世離れした空気を作りだしているのだと理解した。

一目惚れ、だったのかもしれない。

気付けばほぼ無意識に口を開いていた。

「――土御門さん、だよね。俺、この学校に来たばかりだからまだ校舎内の勝手がよくわからなくてさ。君さえよければ隣の席のよしみで、案内してくれたりしない……かな?」

後に聞いた話だが、このときクラスメイトたちは戦慄したらしい。
なにせ、彼女が自ら拒絶の壁をつくっていると察することは容易いはずなのに、それでも話しかけた馬鹿がいたからだ。

彼女自身も、まさか話しかけられるなどとは夢にも思っていなかったのだろう。少しだけ目を見開いてこちらを見た。
そんな彼女に対し、ゆずは微笑んでもう一度言った。

「頼むよ、土御門さん」





それからはゆずがかなり押し気味に話しかけまくったせいで、うっとうしがられることもあったけれど、なんとか親しくなることができ、現在に至る。

途中、本気で嫌われるんじゃないかと不安に思ったこともあったけれど、結果的にはそれほどまでの努力が功を成したということか。徐々に彼女に惹かれている自分にも、もちろん気がついてはいた。

中学以降は諸事情で普通の高校に通うようになり、夏目とも疎遠になってしまったが、そんな日常の中で春虎や北斗、冬児との出会いもあり、――春虎と夏目の関係を知って、初めての失恋をしたけれど――有意義な半年を過ごした。

高一の夏の鈴鹿の事件で、陰陽塾に転入してからは、北斗はもういないものの、その主であった夏目と、また共に同じ学び舎で切磋琢磨することができた。

新たな友人も増え、楽しい日々を過ごし、そして『上巳の再祓』やタイプ・キマイラとの遭遇、陰陽塾襲撃事件など数々の難所も乗り越えてきた。まだまだ未熟ではあるものの、これからの呪術界を支える一柱となるべく、各々努力していた。

そんなたわいない日常が続くのだと。
卒塾時には道を違えてしまうのかもしれない、それでもそれまでは、共に歩いて行けるのだと。
ゆずは信じていたのだ。





――今日、この日に至るまで。ずっと。性懲りもなく。





花火大会の楽しさの余韻は掻き消された。

『鴉羽』に憑かれた春虎は、夜空に飛び立つ。

ゆずも鈴鹿の式神を借りて、彼を追うため中空を駆けた。
多軌子の『布瑠の言』によって霊気が枯渇しつつあり、かつ意識が朧げな危険な状態の春虎を、霊災フェーズ3に突入した鴉羽が纏わりついている。
春虎を救おうにも、その鴉羽の分厚く強固な翼が邪魔で成すすべがない。

そんな中、夏目だけが予想外の動きを起こした。

雪風を鴉羽の上空に上昇。その表情はいつになく強張り、しかし固い決意が滲み出ていた。

それを目にして一瞬に胸の内を占めた嫌な予感。
理由はなかった。ただ『駄目だ』と思った。
何か呪文を唱えているようだが、夏目の行動の意図は読めない。

でも、彼女が、その引き結んだ美しい唇とは裏腹に、はしばみ色の瞳に溢れんばかりの愛おしさを映したとき。
ゆずは夏目が、雪風から飛び降りることを直感的に悟った。

「やめろッ夏目!!」

ゆずが叫んで夏目の行動を疎外し護るため式符を飛ばすのと、彼女が飛び降りるのはほぼ同じタイミングだった。
鈴鹿と冬児がそれに驚いたように目を剥いたときにはもう――

――夏目と春虎の影は重なり、


彼女の身体は鴉羽によって貫かれていた。





誰がこんなことを信じる?
誰が、こんな結末を、信じる?

遠くで、血塗れの夏目を抱きかかえた春虎が、彼女の名前を懸命に叫んでいた。
頭の中でその声が頭痛のようにがんがんと鳴り響いて止まない。まるで悪い夢でも見ているかのようだ。
ああそうだ。
これは幻なのだ。
だって、彼女が死ぬはずがない。
なあ、そうだろ。
お前は、ずっと、俺たちと一緒に、笑ってるんだろ。ずっと、隣でいてくれるんだろ。なあ、夏目。

狂ったように叫ぶ声は、一体誰のものだろう。
何度、どれほど叫んでも、彼女は返事をしてくれない。
ただ微笑んだまま、その瞳を閉ざし、指先ひとつ、動かしてくれなかった。


▼ 長らく書けていなかった男主と夏目の馴れ初めの話でした。改めて書くと得も言われぬ感慨深いさがありました
  2013/10/20(2013/12/31up)
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