東レイ-うば玉にたまずさ | ナノ
08-1 NohearT

いつも通りの朝だった。
梅雨も終わり、初夏の太陽の照る清々しい朝だった。
そんな気持ちよい空気とは裏腹に、世界はどこまでも非情だった。





冬児、夏目、ゆずの三人は普段から朝が早い。
しかし今日は少しだけ夏目が部屋から出るのが遅く、ゆずと冬児は二人で寮の食堂に降りた。

ただでさえ低血圧ながら体に鞭打って朝早く目覚めているゆずは、寝ぼけ眼を擦りながら、食堂のおばちゃんにメニューを頼む。
春虎と夏目の席を含む四席を確保し、引換券を手にぼへえと片肘をついていると、丁度食堂にたった一台だけ鎮座している液晶テレビが朝のニュースを流し始めた。

向かい側に座る冬児の視線も、おのずとテレビに向く。


「……は?」


誰がはじめにそう零したのかはわからなかった。

テレビに映っていたのは――全焼し尽くした陰陽道の名家、土御門本家の無残な姿だった。


それを目にした瞬間、冬児が勢いよく席を立ち、食堂を飛び出した。
おそらく春虎と夏目に知らせに行くのだろう。
ゆずはそれをわかっていながら、その目をニュースに釘付けにされたまま動かすことができない。

――ありえない。

確かに、大昔から繁栄し、現在となっては細々と続いている土御門の家系は、その社会的事情の複雑さから以前より怨みを買うことは多かった。
だからこそ、特に本家の屋敷には入念な結界が施されていたし、万が一それが破られるということも……考えられなくはなかった。

ただ、このタイミングで本家が襲撃を受けた理由がわからない。

だからこその『ありえない』。

土御門本家といえば、夜光信者の聖地といっても過言ではない場所だ。
彼らも言わずとその守護には目を光らせているはずだ。
先日双角会の大題的な掃討に便乗して土御門家に反感を抱く者が襲撃したとも推測できるが、それにしては軽はずみな上、本家をよりによって『焼く』など、方法としては突飛だ。

何かが、起こっているのだろうか。
この呪術界で、何か、自分の知らないものが動き出しているのではないだろうか。

後ろからばたばたといくつもの足音が駆けてくる。

振り返ると、春虎、夏目、冬児の三人だった。
食堂は一瞬にして静まり返り、その場にいた生徒たちは一斉に彼らを見つめる。

冬児に一切の説明なく急かされやってきた様子であった二人は、最初こそ訝しげな表情をしていたものの、テレビの画面に流れる『歴史ある陰陽道の名家焼失』というテロップと、アップで映し出された土御門本家の焼失跡を見た途端、春虎は嘘だろ、といわんばかりに目を見開く。

一方、夏目は真っ青な顔でふらりと体を揺らがせる。ゆずはすかさず春虎と支えた。くずおれるのも無理はなかった。彼女にとっては生まれ育った家なのだから。

痛いほどの静寂に満ちた食堂には、リポーターが事務的にニュースを読み上げる声だけが響いていた。





塾舎、二年生の教室は、夏目の実家が全焼したニュースとはまた別の意味でざわついていた。
その原因は、講師に促され教卓の前に立った赤い髪の少女にあった。

「はじめまして。相馬多軌子です」

ゆずはにこりと優美に微笑んで挨拶をする『噂の』多軌子を見とめて、妙なことに気がついた。
いや、気のせいだとは思うのだが、纏う霊気が自分が知る誰かに似ているような。

しかし考えていても埒が明かないので、ゆずはすぐにそれを棚上げする。

今は多軌子のことや――夏目と半ば喧嘩状態にある京子のこと――よりも土御門本家の件が気になっていた。
その後、春虎への携帯のメールで、彼の両親と夏目の父親が無事であることは了解したのだが、春虎の父親が春虎に本家襲撃の真相を教えなかった理由が気にかかる。
『土御門』を狙ったのなら、春虎たちにも被害が及ぶ可能性があるし、普通はその危険性を真っ先に伝えるはずだ。けれどそうしなかった。

土御門本家にしか被害がなく、かつ全焼せざるをえなかった真相とは。

『うっかり』で火をつけてしまった訳が思い当たらない以上、襲撃者は、何かを隠すために故意に火つけたと考えるのが妥当か。
――何か。
何かってなんだ。

そこまででゆずの頭はオーバーヒートする。
講師に気付かれない程度に、一度息を吐き出す。

隣の冬児がシャープペンを持った手をこちらのノートに伸ばしてきて、なにやら文字を書き込んだ。

『考え事もほどほどにな』

全く、観察眼が鋭いというのはありがたいようなありがたくないような。
ゆずは苦笑して、冬児のノートにペンを走らせた。

『心配してくれてありがとう』


講義を受けながら、ゆずは夏目の様子を伺った。

朝は失神しそうになった夏目の介抱をするのに必死で、まともに会話をしていない。
今回の本家焼失について、誰よりもショックを受けている夏目はぱっと見こそ気丈に振る舞っているようだったが、それがなおさらゆずの心の内を穏やかにさせない。

この講義が終わったら、夏目に声をかけようと決めた。そんなときだった。

教室の扉をノックする音。入ってきたのは塾の事務員だった。
警察と陰陽庁が夏目に話を聞きたがっている、とのことだった。聞きたがっていることとはつまり、今朝の事件のことを指すのだろう。

大丈夫なのか、と視線で訴えると、彼女はゆずだけではなく春虎も合わせて見て、優しく微笑む。なるほど彼も自分と同じような表情をしていたらしい。

夏目の小さな後ろ姿を見送り、以降ゆずはどこか落ち着かないままに朝一番の講義を終えた。





講義が終わっても帰って来ない夏目の様子を見に行くため、春虎と冬児、天馬、ゆずの四人がほぼ同時に席を立った瞬間、彼らよりも先に動いていた多軌子がタイミング悪く話しかけてきた。

「やあ! いつかの晩以来だね、春虎」

ゆずは少なからず彼女の無遠慮さに眉を顰めたが、直後にその無垢な笑みに悪意がないことを理解した。

純粋すぎるほど純粋。
そんな言葉と共にいつぞやのシェイバが脳裏をよぎっていく。
多軌子はもしや、彼のような――純粋さゆえに無意識に他人を傷つけてしまう――部類に入るのではないかと直感的に悟る。

「多軌子……」
「また会えて嬉しいよ。あれから色々あったみたいだね。目黒の件はぼくもびっくりした。けど、活躍が聞けて良かった。さすがだね」
「あ、ああ……そうか」

あまりにも空気を読まなかった多軌子の行動に対して、だろう。春虎が戸惑うような素振りを見せる。
しかし純粋な有無を言わせぬ好意を向けてくる多軌子に『悪い、ちょっと今急いでるんだ』という言葉が告げられない。

「……ていうかさ? おれの方にしてみりゃ、また会えるなんて思ってなかったぜ。結局この塾生えもないみたいだし……お前、ほんとに何者なんだ?」
「え? やだな。言ったじゃない。君と同じ、陰陽の道を歩む者さ」

春虎は多軌子の話に付き合う判断をしたようだ。
ゆずだって、ここまで屈託のない笑顔を浮かべられてしまえば、邪険にするのは難しいと思う。
背後で冬児が苦笑し、天馬が困った表情をしているのが目に浮かぶ。

「それに、前に言った『塾生』ってのも、別に嘘ってわけじゃないよ。確かに、いまここに――陰陽塾には、籍はないけどね」
「は? どういうことだよ」

それにしても、傍らで話を聞けば聞くほど、不可思議な少女である。
先日の春虎の話によると、多軌子は呪術界の深層まで知っている節があるにも関わらず、今塾には籍がないと言う。
塾で陰陽術を習わずに、一体どこで学んだというのか。彼女の後ろにはどんな真実が隠されているのだろう。
おそらくそれは、春虎たちも感じているはずだ。しかし、

「それは……まだ内緒」

そう邪気もなく微笑まれてしまえば、ぐうの音も出ない。
そんな雰囲気を察し、そろそろ頃合いだと判断したらしい冬児が「春虎」と彼を催促する。

「彼女が、前に話した相馬多軌子。……で、多軌子。こっちは、阿刀冬児と百枝天馬。」
「阿刀冬児君と、百枝天馬君、だね。初めまして。二人のことも、冬児と天馬って呼んでいいかな? ぼくも、多軌子でいいから」

冬児と天馬が頷くのを確認したあとで、春虎は次に俺を見た。

「それから、こいつは波崎ゆず。三人とも俺と夏目のダチだ」

多軌子の翠蘭の瞳が初めてぶつかる。

きらきらと輝きを放つそれは、まるで宝石だった。
夏目に劣らんばかりの陶磁器のような白い肌も、すらりとした手足も、彼女の纏う無邪気さの中の高貴さも、そのどれもがゆずの目を引きつけて離さない。
多軌子の存在自体が乙種呪術であると思わず錯覚を起こしてしまいそうになる。

対する多軌子は、ゆずの視線を受けて照れたようにはにかむ。
ふわりと漂う霊気は、やはり誰かのものに似ている気がした。


▼ ゆずは元十二神将だったことが関係して、比良多とも面識があったので、多軌子の正体がわかったというわけです。
  2013/10/19(2013/10/29up)
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