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05 たいようのにおい

「ちょおおっと御影くんー?! 待ちなさいよおおおっ!!」

ある夏の土曜日。
御影は追われていた。
と、いうのも、例によって例のごとく、課題であった『花をテーマにした作曲』をまだ提出できていなかったためであった。
本来は金曜日締め切りだったのだが、御影はただ一人間に合わず。
かといって週末明けに提出するかと訊かれれば、するかどうかわからない。
それが彼の今までの学園生活で理解できているからこそ、担任の林檎は休日を返上して御影を追い回すのに躍起になっている。曲の作製をインスピレーションに頼っていることが多いとはいえ、彼に実力があるのは周知なのだからなおさらだ。

「いーやーだー! だって全ッ然思いつかねーもん!!」

御影VS林檎の鬼ごっこは校舎を飛び出し校庭を横切り、ついには寮へとステージを移した。あわよくばどこかの部屋へ逃げ込むことはできないだろうかと、そんなことを思いつつ御影は走るが、寮の廊下には誰もいない。
先ほど走り抜けたロビーには、何人かの生徒が見受けられたが、『ああまたやってるのか』と苦笑気味に眺めやられただけで、御影を匿おうと動く物好きな生徒は残念ながらいなかった。
絨毯の敷かれた廊下を全速力で走りながら、背後でなにやら叫んでいる林檎に意識を向ける。なにあれ。もうすぐ三十路なのになんであんなに足速いの。
御影はまだまだピチピチの15歳だが、林檎はそれよりも10近く歳をとっているはずだ。
もうどれくらいの時間こうしてデッドヒートを繰り広げているかは覚えていないが、御影のスピードにいまだついて来ている林檎の運動神経に、御影は冷や汗を垂らしながら脱帽した。

荒い息を繰り返す。
さすがに御影も限界が近づいてきた。
ひたすら寮の中を上がったり下りたり。

諦めてしまおうか、と。
そう思って、階段を駆け上がった瞬間だった。

ぐい、っと腕を引っ張られ、誰かの部屋に放り込まれた。
すばやくしかし、静かにドアが閉められる。
主は林檎(であろう)足音が駆けていくのが聞こえた。

「え、あれ、那月っ?」

なんで?
と御影は疑問の声を上げながら、汗で額に張り付いた髪の毛を払いのける。
廊下とは異なりクーラーの効いた涼しい部屋は、生き返ったような心地がした。
那月はにこにこと笑い、窓を指差した。

「林檎先生と御影くんが追いかけっこしてるのが、外から見えたんですよー」
だから待ってたんです!

なるほどそういうことかと御影は納得した。
しかし再び、今度は別の疑問が浮かんだ。

「……翔は?」

「翔ちゃんはですね! 今日は春ちゃんと音也くんとお買い物です!」

それはなんと楽しそうな!
ただの天使の集まりではないか、と御影は思った。
なぜ自分を誘ってくれなかったんだ、と恨めしくも思った。

そういえば、春歌は人混みが苦手のようだったが……。
と、御影は少し心配な気もしたが、翔や音也がついているのなら安心だろうかとそう判断することにした。

「そう、……っくしゅん!」

那月に『そうか』と頷こうとして出たのは思わぬくしゃみだった。
走って掻いた大量の汗が、クーラーで急に冷やされたからだろう。御影は自信が寒気を訴えていることを自覚する。
那月がそれに気づき、目をぱちくりとさせると、

「なぜ御影くんが林檎先生に追いかけられてたのかも気になりますが……。
 とりあえず、汗も流せますし、シャワーを浴びたらどうでしょう?」

と提案してくる。
ほかの部屋のシャワーを借りるのも申し訳ない気がしたが、那月が笑顔で勧めてくるのでありがたく借りることにした。





「(――花って言われてもなあ……)」

御影は髪を泡立てながら考える。
二週間前、林檎から課題を出され、それから何も考えていなかったわけではない。
ただ、一概に『花』をテーマに、と言われても、花はたくさんの種類がある。その中のどれをテーマにすればいいのか、御影にとっては選ぶことすら難しかった。
つまるところ、そうやって悩んでいると二週間が早々と経ってしまったというわけだ。

考えながらも手を動かし頭の泡を流す。
そして次に体を洗いにかかり――合計ものの十分程度で浴室を出た。

その瞬間であった。

「御影くーん! 着替え置いておきますよー」

のんびりとした那月の声が扉の向こうから聞こえたかと思うと、あろうことかそのままガチャリとドアノブが回されたのだ。

「ちょッ、待て、那月ッ!!」

普段は男装をし、男のように振舞っているとはいえ、御影は列記とした女である。
確かに、いつも『男』として過ごしているため周囲からも『女』である意識が薄まることは以前からよくあることだが……。
御影はとっさに近くにあったバスタオルを引っつかみ、体の前を隠した。
一方御影の想像通り、すっかり彼女が『女』だという意識が抜け落ちていた那月はついに扉を開ける。

ご対面、というところだろうがしかし。
風呂あがり直後だったせいで浴室の扉を閉める時間がなかった。
そのおかげといえるのかどうかはわからないが、風呂からの湯気によって那月の眼鏡が曇る。

「あれー、前が見えません……」

しまった、と御影が思ったと同時に、那月の眼鏡は外された。


それからの御影の行動は早かった。
那月の持つもう一つの人格『砂月』が完全に現れ、こちらにつっかかってくる直前に着替えをひったくり、勢いよく那月を脱衣所から放り出した。

「……と、とりあえずセーフ、か」

御影はほっと胸を撫で下ろす。
着替え終わったころにはどうか那月が眼鏡をかけていますように、と心から願った。





…………の、だが、世の中そうそう上手くはいかないものだ。

サイズ的におそらく翔のものであろう服を着終わったあと、ドライヤーで頭を乾かし脱衣所を出た御影の目に飛び込んできたのは、自分のベッドの上に鎮座した、目つきの悪い那月……もとい砂月だった。
眼鏡は?!と思い探すと、案外近く、砂月の傍らにあったので一応安堵の息をつく。
しかしそれよりもなによりも、曇りはとれているはずなのに、なぜ眼鏡をしていないのだろうか。御影は疑問が浮かぶが、そこでふと重大なことを思い出す。

……と、いうか、そもそも砂月になったあと、彼が自分から眼鏡をかけ那月に戻った姿など見たことがない。

少なくとも、数えるくらいしか。

自分は砂月を那月に戻すことができるのか……。
正直御影は砂月が苦手であったし、何をしでかすかわからないという恐怖のようなものもあり、『どどどどうしよう……』と視線を彷徨わせた。





砂月は気づけば腕の中に抱えていたものをひったくられ、どこかの空間から放り出されていた。
そして数秒してここが自室で、振り返って自分は脱衣所から出されたのだと理解する。
放り出される寸前、目の前に金髪が広がっていたような気がしたから、おそらく相手は翔か御影だろう。
特に前者だったらぶん殴る。
そう決意を固めて砂月は眼鏡をかけずに、手に持ったままずんずんと自分のベッドに歩いていき、どさりと腰を下ろした。

その数分後、脱衣所から出てきたのは金髪は金髪でも御影の方だった。
こいつもこいつで、翔のいとこということもあり幼少のころからの付き合いではあるが、なかなかに気に入らない。
あの七海春歌という女に肩入れしているからだ。
なぜあそこまであいつを庇うのか理解できない。
この前翔と喧嘩をしたときも、いきなり那月の眼鏡をとって啖呵を切ってきた。
『他人なら誰でも那月を傷つける、っつーその先入観をなくして彼女を見ろ』
そして怒る暇もなく眼鏡をかけられたので、
『そこまで言うならちゃんと見ててやるよクソヤロウ』と砂月も思うようになり、
憤りもいつしか薄れていた。

自分の目の前であたふたする御影を見るのは面白い、そう砂月は感じていた。
なので、からかおうと思い口を開く。
キレたい気持ちもやまやまだが、しかしここでキレればまたこの間の二の舞になる。
気に入らないとは思っていても、どこかで那月の意志がはたらいているらしく砂月は御影に勝てないのである。
けれど、自分の口から出たのは全くことなる言葉であった。

「……お前、作曲に困ってんのか」

いや、確かになんとなく見た那月の記憶から『今回も』林檎から追いかけられていたのは課題をやっていないせいだと推測はついていた。
だがなぜ、己は今その話題を口にしたのだろう。
御影はその青色の瞳を大きく見開いてこちらを見ていた。
そりゃあ驚くだろうな、と砂月は自棄にも似た心地で思う。
一体全体、自分はどうしたというのだ。

「ん、……まあ、そうだけど」

『花』がテーマの作曲なんだ。
そう御影は苦笑いをした。
おそらくこいつのことだろうから、「何の花をテーマにすればいいのかわからないー!」とか思っているのだろう。
つかなんでそんなことにうじうじ悩むんだ?
悩むべきところではないはずでは?
砂月は徐々に苛々し始める自身に気づく。

「……向日葵にすればいいだろ」

へ、と御影が間の抜けた声を出した。
砂月は舌打ちをする。

「向日葵が連想させるのは黄色だ。お前の髪も――那月の髪も、黄色だろう」

作曲とはそういうものでいい。
ときにメロディで悩む必要はあれど、インスピレーションなんていうものは案外すぐ近くに隠されているのだから。

「……! そっか! 砂月、ありがとな!!」

ぱあっと笑顔を咲かせる。
砂月は目を瞬かせた。
本当に向日葵のようだと、思った。
ああ今日の自分は実にどうかしている。

このままでは感情の収集がつかなくなる、と踏み。
砂月は自ら眼鏡をかけたのであった。
 

 たいようのにおい 


▼ これ以上続けると、もっと長くなりそうだったので……;;
  若干中途半端なところで終わっているような気がしますね……。
  この後砂月と御影の仲は改善されますのでご安心を!(?)
  しかし音也に続いて再び課題ネタ……
  こ、こんなものでよければ持ち帰ってくださいな! (自作発言等禁止)
  2012/10/18〜2013/01/31

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