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04 ぼやける境界線

「…………あ、」

それは、雨の日。
御影は、学園の廊下の途中で足を止め、窓の外を見やった。

その日は休日だったが、御影は昨日締め切りだった作曲の課題を持って行っていたのだ。昨日、休み明けでもいいじゃんかと林檎に文句を垂れたところ、『てめえ音楽舐めてんのか? あぁ゛?』と本気で(ちなみに地声(男声))でキレられたので、急遽仕上げてきた次第であった。
基本的に、御影は作曲科であるので作曲をこなすが、作詞をすることも少なくない。
そしてその両方をインスピレーションに頼っている御影は、いざ、課題と言われても思いつかなかった。
だから今回も作曲に苦労したものだ。


しとしと、静かに降り続く雨。

弱いとも強いともいえない、雨。


「…………、ああ、」

無事に楽譜を、職員室にいた林檎に届け終えた御影が、ふと目を凝らすと――





レンは木の下で、雨の中佇んでいた。

「………………」

青々と茂った木の葉の隙間から上を見上げると、どんよりとした曇り空が目に入ったと同時に、雨粒が落ちてきた。
反射的に顔を顰めたが、そりゃそうかと苦笑う。
そして自分の足元に視線を落とした。
雨で濡れ、ぼろぼろになった段ボール。
その中でゆらゆらゆれる黒いしっぽ。

はあ、と一人ため息をつく。
どうしたものか。
柄にもなく、拾ってしまった。
まさかこの全寮制の学園で、猫が段ボールに捨てられているとは思わなかった。
しかも、ご丁寧に段ボールの前面には白い紙が貼ってあり、『拾ってください』の文字。
なんということだろう。
お決まりのパターンすぎて、レンは少し笑った。
そんな『お決まり』に思い通りに流された自分がいたことにも、もう笑うしかなかった。

だが、今はそんな問題ではなかった。
この黒猫――春歌に懐いている黒猫ではない――を見つけたのはいいが、それが今日で、しかも雨だったということだ。
さらに始めから雨が降っていたのではなく、……いわゆる通り雨のようだ。
なにせ、レンが散歩にでも、と出かけていたときに、突然降りだしたのだから。
それまでは空も青く、雨が降ろうとは思いもしなかった。
そんな途中で黒猫と出会い、一時避難というわけで、この木の下。

――ああ、それから、

「……聖川に見つかるとやばいな……」

ぽつりと呟く。
あいつに見られたあかつきには、おそらく翌日に自分と黒猫in段ボールのツーショットが撮られ、各クラスの黒板にでもでかでかと貼られているだろう。
はあ、と本日二度目のため息をついて、レンはしゃがみこんだ。

「本当に、どうしたものかねえ………」
なあ、

黒猫を撫でる。
猫は気持ちよさげに目を細め、しっぽをくねらせた。
しかし言って、この猫に名前がないことに気がついた。
でもまあ、どうせ今日限りの付き合いだし、名前なんてなくてもいいかと判断する。
そうして、立ちあがろうとしたときだった。

「おいレン」

「………っ!」

突然声をかけられ、レンは一瞬本気で心臓が止まるかと思った。
すぐさま振り返ると、そこには見知った顔。
見つかるとやばいことになると危惧していた真斗ではなく――

「御影か……」

ほっと心を撫でおろし、脱力して、肺の息を外に吐き出す。





御影は、レンと黒猫がツーショットだなんて、また珍しいものを見たと目を丸くしつつ、しかしその当人であるレンの表情があまり明るくないのを覚って、廊下を早足で歩き、階段を駆け降りた。
――なぜレンが黒猫と共にいるのかが、ただ単なる純粋な好奇心で気になったわけではないと、断言することができないのが悲しいところだ。

木の下にいるレンに声をかけると、大そう驚かれた。
心外だなと言うと、「本当にびっくりしたんだよMy sweetest」と応えられた。
なんだ、いつも通りじゃないか。
通常運転のレンを見て、御影は自分が先程までどこか途方に暮れている様子があった彼を心配してここまで来たことが、急にあほらしくなってしまった。

「――で、この猫は?」

御影はしゃがんで、猫に手を飛ばしながら問う。
レンが立ったまま、その問いに答えた。

「見ての通り、拾ったんだよ」

「へえ」

撫でるとにゃあ、と黒猫は鳴いた。
よくよく見ると毛並みもよく、そこまで痩せ細ってはいない。
俗に言う美人な猫である。
それらや人懐っこいところから見ると――、
逆に、本当に捨て猫なのかと疑ってしまう。
クップルじゃあ、ないんだよな、と御影は自問した。

「でもほんと、窓からレンと黒猫のツーショット見たときは、思わず吹きだすかと思ったよ」

くくく、と思い出し笑いを漏らす。
黒猫が御影の手の甲に頬を擦り寄せる。
それを優しい眼差しで見やる。
レンは、

「……まあ、いろいろあってね」

多少苦い感情を含ませて言葉を返した。
しとしとと雨は相変わらず降っており、頭上に広がる葉の合間から時折落ちる。

耳を澄ましても、何一つとして足音は聞こえなかった。
急に降ってきた雨に、皆慌てて建物内に駆け込んだのだろうか。
静かだなあ、と御影は思う。
御影は『静』が好きだった。
もちろん、賑やかなことが嫌いというわけではないけれど。

すう、と初夏の空気を肺に入れる。
冷たくもなく、熱くもない空気だ。

柔らかな沈黙に、猫がにゃあ、と鳴いた。





静かに降る雨をBGMに、しゃがんだ御影のつむじをなんとなく見ていたレンは、自然に訪れた沈黙に身を委ねる。

どうしてだろうか、彼――いや、彼女といると落ち着くのは。
睡魔が襲ってくる穏やかな感覚に似ていた。
今にも落ちそうな、
このまま眠ってしまいたい、だけれど、そうしてしまってはならない。
そんなふうに感じさせる絶妙な優しさを帯びた空気を御影は纏っている。

……否、違うか。
優しいのではない。
確かに御影は優しい人間の部類には入るが、そういう意味の『優しい』ではなく――
そう、言うなれば、『ありのまま』。
嫌味のない『ありのまま』であるからこそ、こちらの気が楽になるのだろう。

だから、ついうっかり、『自分』を漏らしてしまいそうになるのだ。
誰にも話すことはない、自分の醜いところや闇、過去、そんなものを何もかも話しそうになってしまう。
彼女なら、受け入れてくれるのではないかと、勘違いしてしまう。
御影のことは好きであったが、本当の意味で気を許しそうになるから、実のところ、傍にいるのは苦手だった。

なので御影の前ではいつも、公の『神宮寺レン』を演じている。
以前、自分が歌詞を破り捨てたときも、一番に己の変化に気づき、心配してくれた上、力にさえなってくれようとしたのが御影だった。
それにもかかわらず――だ。
飄々としていて、おどけたように、時には甘く言葉を操り、女を口説く、こんな自分。
嫌気が差さないわけではなかった。
――嫌気が、差すようになった。
彼女と、出会って。

この自分に、もしかしたら御影は気づいているのかもしれない。
しかしそれでもいいさ、とレンは笑う。


「――なあ、レン」


唐突に、御影が口を開いた。

「とりあえずそろそろ、寮に戻ろうぜ」
このままこうしていたって、この猫をどうするかは決まらなさそうだし。

よいしょっと

膝に手をついてそんな掛け声のもと立ちあがり、盛大な伸びをした御影。
今まで性に合わずシリアスな思考を繰り広げていたレンは、良い意味で雰囲気を壊され、思わず吹きだした。
――やっぱり君は最高だよ、My sweetest。

「なんだよー、ジジくさいってか?」

口を尖らせて怒ってはいるものの、その口角はほんの少し上がっていた。

「ふふ、そうだね、大体そんなところかな」

笑って返し、御影を促す。
御影は再びしゃがみ込み、猫の入った段ボールを抱えた。
「げ、濡れてるし」段ボールの底の感触に、嫌そうな顔をした彼女を見て「なら俺が持つさ」とレンは言う。

初めにこの猫を拾ったのは俺だしね、
その言葉を紡ごうとしたが、それは猫の仕草によって噤まれた。
とてとてと、猫が段ボールの中を歩き、自分の方へ寄ってきたのだ。
前足を出し、ちょいちょいとレンの服に触れる。

「お? こいつもしかしてレンが好きなのか?」

「〜〜〜〜〜っ」

レンには、口元を抑え、なんて可愛い生き物なんだと、心の内で悶えることしか選択肢が残っていなかった。
御影にからかわれるかもしれないという可能性がないわけではなかったが、それを確認する余裕などなかった。

刹那。
しかし待て、待てよ、と。
レンの中でふと一つの疑問が浮かぶ。
そもそもこの黒猫は、オスなのかそれともメスなのだろうか。
それは、先程の真面目腐った思惟とは全く真逆の、平凡なものだった。

多少落ち着いたところで、段ボールを御影から受け取り、彼女に並んで木の下から足を踏み出す。
そのときに足場がぐらついたらしく、猫がに゛ゃっと鳴き声を上げた。


視線を進行方向へ戻すと、しとしとと降っていた雨は、いつの間にかぱらぱらとしか降っていないことに気づく。
それに驚いて頭上を見上げると、白さを増した雲間から、幾筋もの眩しい太陽の光。


――そして、七色の虹が見えた。


 ぼやける境界線 


▼ だいぶ前に書いてたのをアップし忘れてました;;
  文才のなさには目を瞑っていただければ幸いです()
  こんなものでよければどうぞ! (自作発言等禁止)
  2012/01/01〜2013/01/31
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