#06 掌
※同性愛的表現が出てくるので、注意です!(一応反転はしてます)
「ぼくはきみを、失いたくない」
「あっそ。……それで?」
「……それで、って……」
「杏樹は?」
「――……もちろん、杏樹も。だけど、…」
「『だけど、』なに?」
「……杏樹はきっと、ぼくを――恨んでる」
「……は?」
(どこからそんな結論が浮かんできたのか、おれには皆目見当がつかなかった。
何言ってるんだこいつ。杏樹があんたのことを恨んでる?
そんなことあるわけない。あるわけないだろう……?
だっておい、知ってるか。あいつが、このおれの眼の前に居る紫苑の話をするとき、どんな顔をしてるか。とても、とても幸せそうな、愛しそうな顔をしてるんだ。
あんたは、それを、知ってて言ってるのか。
――いや。きっと知らない。知らないんだろう。紫苑。あんたは、鈍すぎる。
その鈍さは、時に刃となって誰かに突き刺さる。そのことすらも、あんたは知らない。)
「そりゃまた一体どうして?」
(わざとおどけたように、唇に弧を描いて問う。)
「――ぼくは、杏樹を巻き込んでばかりだ。4年前だって、それ以前だってそう。
知能面で最高ランクの認定を受けていたぼくだったけど、他人からうとまれ、これ見よがしに陰口を叩かれることは日常茶飯事だった。たまに、殴られたりもした。そんなとき、決まって杏樹が助けてくれた。情けない。わかってる。進んで杏樹は、いつもぼくの盾になってくれた。彼女がそんなふうに優しい性格だってことも、わかってる。
わかってるんだ。だけど、どこか、いつも杏樹は不安定だった。本人は普通に振る舞っているつもりでいたんだと思う。だけど、杏樹はいつもここから逃げようと――いや、離れようと――それも違う……。あのNO.6以外の場所へ、行きたがっていた、ような気がした。
4年前も、巻き込んでしまった。ぼくがネズミを、部屋に入れたばかりに。――ネズミを部屋に入れたことは後悔していない。だけど、ぼくは、杏樹にネズミを紹介してしまったことを、後悔しているんだ。それから、今。今度こそぼくは、言い訳ができない。
望まない現実じゃないのか、これは。杏樹は何も関係ない、今回のこともぼくが全て原因で起こったことだ。本来ならば杏樹は、何事もなくクロノスで過ごしているはすなんだ。平和に、幸せに。――誰よりも綺麗な杏樹の笑顔を奪ってしまったのは、きっと、ぼくなんだよ、ネズミ。だから、ぼくは、」
「――杏樹が紫苑、あんたを恨んでるって?」
(次から次へと生まれていく、紫苑の自責の言葉に、おれは苛々した。
それはエゴだ。きっぱりとそう言ってやりたい。
あんたは杏樹の幼馴染みだろう? おれよりもずっと長い間、杏樹と暮らしていたんだろう?
それならあんたは、一体今まで何を見てきたんだ。
杏樹の望んでいる現実も、杏樹が願う幸せも、すべて、すべてそれは想像で憶測だ。
おれは知ってる。杏樹が望む現実も、杏樹が願っている幸せも、未来も、今も、全部。――なあ、あんたは。なんで何も知らないんだ。)
「そうだ」
(何の迷いもなく頷く紫苑。
それが真実だと、そう思い込んでいる、強い意志を帯びた瞳。
――まさか、杏樹をNO.6に帰すとか言いだすんじゃないだろうな。)
(――あんたの心の中に罪悪感として残る、杏樹へのその気持ち。
おれは、それを正すことはしないぜ。その勘違いには、あんた自身が気づくべきだ。
……それに、おれがどうこう言ったところで、『ネズミ、君は、杏樹の何を知ってるんだ』って返すだろ?)
「あーはいはい、そういうことね」
(半分投げやりに応えると、紫苑はむっとした様子で、しかし何も言わなかった。)
(部屋中に漂う古書のにおいが、鼻に触れた。)
(――どうしてだろうな、
どうして、こうも人は人を、本当の意味で理解することができないのだろう。
やはりそれは、『他人』だからか。『自分以外の人間』だからか。
そうだ、確かにそうだ。
……でも、それでも。この世界の人間全てが、お互いに解り合うことができたなら。
そんなふうに思ってしまう。そうすれば、地球上の悲劇と云う悲劇はなくなるんじゃないか。)
(――はは。ほんと、どうでもいい話だ。)
(……でもさ、でも。お互いに解り合えてしまえたら、それは酷く残酷なことなんだ。
おれが『おれ』じゃなくなる。『おれ』は『他の誰かと同じ』になってしまう。
他人と、本当の意味で想いを分かち合い解り合うというのは、共有するということで。――それはつまり、おれは他人になる。例えば、おれは紫苑になって、紫苑はおれになるんだ。
人は、他人同士だからこそ人であり、それぞれ違う思いを抱えている。
共有してしまえば、どうなる?悲劇はなくなる。それは良い。でも、それ以外は?ほかの悲劇が生まれることは?)
(価値観も、理念も、宗教も。解り合うことで一緒になって、それで?
それで、何をする気なんだ?そんな世界が、『世界』なのか?
――理論がぶっ飛び過ぎて、我ながら破綻していると思う。
自嘲気味に、おれは口の端を歪めた。そんなおれに紫苑は、不思議そうな顔をする。)
(ひとつになって、それで幸せか?それが本当に、真の幸福を、NO.6に、この世界にもたらしてくれるのか?
そうじゃない。そうじゃ、ないだろう、人は、もっと――)
「ネズミ。きみはどうして、たまにそんな顔をする?」
(――あんたは一体、どっちなんだ。
さっきまで杏樹のことで頭がいっぱいだったと思えば、次にはおれを心配して。
とんだお人好しか、馬鹿か、その両方か、だな。
……なあ、紫苑。あんたは、おれと杏樹、どちらを
愛して――)
(いや、それ以前に、おれだ。おれは杏樹と紫苑、どっちなんだ。)
「――さあ?内緒」
(……くだらない。)
(吐き捨てた自身の論争。)
(くだらない。それこそ、くだらない)
(――認め合えばいい。
ひとつになんか、ひとりになんかならなくていい。
それができるから、人は素晴らしくて。
解り合うために、分かち合うために、その手段の一つとして愛を用いなくとも。)
(どこで聞いたフレーズだったか。覚えてない。もしかすると、この9割本の部屋のどこかに――、そう、CDくらいは残ってるかもしれない。歌だった。歌だ。)
(聞きたい。無性に聞きたい。だいぶ前、もう何十年も前の――。
一つ、記憶の引き出しを開けると、二つ、三つと、記憶が解かれていく。
劣化したCDだった。モノクロの、人の両手が描かれた。
ゴミに捨てられているところを、たまたま見つけて、何の好奇心からか持って帰って。いざ聞こうと思っても、CDプレイヤーがなくて。そして買って、一時期何回も聞いて。それで、どうしたっけか。)
(おれの返答に、紫苑は苦笑した。――こいつはお人好しな上に馬鹿なんだな、と思う。紫苑にとっては、杏樹もおれも同じくらいに大切で。どちらも捨てきれないくらいに大事な存在で。どちらも愛おしいのだろう。)
(その掌で、何を掴む?)
「ただいまー」
(そこでちょうど、杏樹が帰ってきて、)
(おれの思考も、紫苑との会話もお開きとなった。)
▼ ネズミが偽者;;ツッコミはなしの方向で。某曲イメージ。
2011/07/07(2011/07/28再up)
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