#04 ぼくの知らない彼女
――20世紀の遺物である、下水道
「――あんたはこのまま歩いて行け」
ずっと歩いてると、そのうち西ブロックに着く。
「……え?」
(そんなことを、ネズミは言った。てっきり一緒に行くものだと思っていたから。
ぱちくりと目を瞬いたぼくを、地上へ向かう梯子に手をかけていたネズミは、無表情に振り返る。)
「おれは杏樹を迎えに行く」
(なんだって……?!)
「これはぼくだけの問題で、杏樹は何も関係ないじゃないか!!」
(そうだ。彼女は何も関係ない。これ以上、これ以上ぼくが生み出した、ぼくの問題に巻き込むわけにはいかない。4年前だって、ぼくがあのとき、部屋に入れなければ……、杏樹は、NO.6の闇を知ることなく、ただ平凡に暮らしていられたのに……。)
(今更後悔したところで、過去が変わるわけでもない。何も変わりはしない。それでも、ぼくはそう思わずにはいられないんだ。)
(――杏樹、きみは、本当はぼくを恨んでいるんじゃないか?)
「――4年前、あの日に約束をした」
(そんなネズミの言葉。誰と?もちろん杏樹とに決まってる。
ぼくが知らないところで、ぼくが見ていないときに、ネズミと杏樹は、契りを交わしていた……?)
(ぼくは驚愕で目を見開くことしかできなかった。ネズミはそんなぼくを一瞥して、)
「……ほんとに、あんたは何も知らないんだな」
(そしてぼくの返答を待つことなく、すぐに梯子に下ろしていた足にぐ、と力を入れると、地上へ上って行った。)
(寂寥と苦痛と憤り。ネズミは、その三つの感情が一緒くたになった顔をしていた。こんなネズミを見たのは、初めてだった。もともと本心を表に出すことがほとんどないネズミが、そう、それこそ初めて、本当の思いを表情に出した。
このときの、切なそうにも怒ったようにも感じるネズミの顔が、脳裏に強く焼きついた。)
(それと同時に。)
(……ぼくが、何も知らない……?)
(なぜか、酷い焦燥の気持ちが胸を焼いた。
――焦り。自分だけが置いていかれているような。)
(彼女を――……杏樹を、どこか遠くへ連れて行かれるのではないか。
ずっと傍にいたのに。ぼくが、ネズミじゃない。ぼくの方が、ネズミより杏樹のことを知ってる。……ぼくが。ぼくが、ずっと彼女を見てきたのに。
――嗚呼 杏樹は、ぼくじゃなくてネズミを選んだ。)
「……はは……」
(自分でも思ってもないほど、乾いた笑みと掠れた声が出た。
脱力して、下水道の脇に座り込もうとして……やめた。
今はただ、前へ進むことだけを考えよう。とにかく、西ブロックへ。
そうでもしないと、『ぼく』が壊れてしまいそうだ。
杏樹が誰を選ぼうと、関係ないんだ。それこそ関係ないはず……だろ?)
(懸命に目的地へと足を動かすぼくの頭の中には、それでもいまだ、あのネズミの表情と言葉が木霊していた。)
▼ ……『紫苑→杏樹』の恋愛フラグが立った……!ええ……!?
なんだこの三角関係!!
あと、時系列とか気にしない方がいいです。
2011/06/13(2011/07/28再up)
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