冬の無自覚

※ この設定の夢主です。心持ち荒北視点。


「金城。ちょっと、いいかな」

荒北が総北高校自転車競技部のマネージャー、名字名前♀と知り合った――というよりは彼女を初めて認識した――のは、高校二年の春のある大会でのことだった。

先輩から受け継ぎすでに主将同士であった金城と福富が、選手待機用テントの近くで話しているところに、彼女が声をかけたのだ。バインダーを片手に持っている。何か打ち合わせでもするのだろうか。
さすがに彼らの超然とした態度に割って入るのは勇気が要ったらしく、少し申し訳なさそうな声音だった。

その姿がたまたま、テントのベンチに腰を下ろし、ベプシを飲んでいた荒北の目に入った。
柔和で大人しそうな印象を受けるが、気が弱いわけではなく、芯はしっかり通っているように、荒北は感じた。ちなみに髪は黒のセミロング。肌はどちらかといえば白い方。顔は――平々凡々だった。

これといって目を引く特徴のないマネージャーに対し、荒北は特に記憶を留めるわけもなく、それ以降意識することはなかった。





それがどういう因果か、今では同じ大学に進学し、同じ部活に所属しているのだから、本当に不思議なものである。

「荒北くん? 話聞いてる?」

つい昨日まで数日間インフルエンザでダウンしていた荒北は、昨晩あった部活のミーティングの内容を知らず、一限の授業前に偶然会った名前♀から、講義棟に向かう道すがらレクチャーを受けていたのだ。
要約すれば、今週末に忘年会があるということと、冬休み中の練習の日程、そしてまったく耳が痛いが、体調管理に気を付けろということだった。忘年会と冬休みの練習日については、また今日中に改めてラインで連絡が来るらしい。

「アー、聞いてる聞いてる」
「全然聞いてる態度に見えないんだけど」

耳をほじる仕草をする荒北に、名前♀が胡乱げな目を向けた。荒北はその視線を受け流しながら、なんとなしに頭上を見上げた。
灰色の雪雲が広がり、太陽の光を遮っている。ただでさえ気温も低いのに、あたたかな恵みを寄越さないとは、なんとも薄情な空だった。思わず眉根が寄る。

「そんなに薄着してるからインフルになるんだよ」
待宮も馬鹿は風邪を引かないのは嘘だったんやのう、ってからかってたよ。

くすくすと笑みをこぼす名前♀。
あの野郎あとで殴る。
荒北は心の中で固く決意しながら、チェスターコートにマフラー、手袋と防寒が完璧な名前♀を見た。まあ、確かに彼女と比べれば自分はダウンコート一枚。随分薄着だろう。

「あ、金城」

分かれ道から見覚えのある坊主頭がやってくるのが見える。すかさず名前♀が反応した。
荒北は眉をぴくりと動かしたが、表情を変えることもなく、名前♀に並んで金城と合流する。

「おはよう、荒北、名字」
「おはよ、金城」
「はよー」

金城や待宮も含めての話ではあるが、名前♀とも、まさかここまで親密になるとは想像もしていなかった。

箱学時代、同期が同期でイケメン揃いだったために同年代の女子、それも大勢と間接的にかかわる機会が多かった荒北は、『女子』という生き物に辟易していた面もあった。ゆえに、名前♀が同じ大学に進学したと知ったころは、わずかに身構えた。

しかし、荒北の同期の回りに集まるようなタイプの女子が、自転車競技部のマネージャーを真面目に務められるわけがないのである。荒北はすぐに思い直した。
今では第一印象は変わらないものの、彼女が一度話を交わせば案外付き合いやすい人柄であることがわかった。こぼれる笑顔が――案外かわいいということも。

だから、といういうのもおかしいかもしれないが、荒北は名前♀が金城の名を呼ぶときに、時折妙にピリピリしてしまうことを自身で理解していた。もちろん表情には出していないので、金城や名前♀は気づいていない。
金城。
荒北くん。
そのほんの少しの違いが気になる。なぜか、と訊かれても答えが出ない。釈然としない気持ちになる。

荒北が物思いに耽る間に、金城と名前♀はいつの間にか一歩前を歩きながら、何やら話を交わしていた。ふとした瞬間に笑む名前♀におのずと目が向かう。しかし、それが金城の隣だと思うと理由はわからないが苛々する。まだ昨日までの熱を引きずっているのか。自分は少し冷静になった方がいいのかもしれない。

はあ、と荒北が溜息をついたとき、「ねえ、荒北くんはどう思う?」「荒北はどう思う?」と前から同時に声をかけられた。振り返る顔二つ。
全くもって彼らのやり取りを聞いていなかった荒北は、いつもの口調も忘れて素で「え、何の話、」と驚く。

二人は顔を見合わせて、「金城、やっぱり荒北くんまだ調子悪そうだね」「ああそうだな、荒北の今日の練習メニューは普段より軽めで頼む」という真剣なコンビネーション。「いや! もう本調子ダヨ!」慌てて荒北が否定すれば、二つの顔が綻んだ。なんだかむずがゆい心地がする。「それでェ? 実際何の話してたのォ?」荒北が促せば、金城が答えてくれた。

「この冬休み、年末から年始にかけて俺も荒北も名字も帰省するだろう? それはうちの巻島や田所、箱学の福富たちも同じはずだ。年末はお互い忙しいから年始に集まって鍋でもしないか、と思ってな」

昨日、同じようなことを考えていた福富から金城のもとにラインが来ていたらしい。福富がSNSを使こなせるようになった感慨深さだとか、自分ではなく金城に先にラインを送った不満だとかはこの際脇に置いておこう。

「俺は、別にしてもいいと思うケドォ?」

どうやら自分は変わり者揃いな同期たちと再開するのが、意外にも嬉しいようだった。無意識に上擦りかけた声がその証拠だ。

「どうせなら小野田たちも呼ぼうと思っているがいいか?」
「ウン、いいよォ」

荒北の返事を聞くや否や、金城はスマートフォンを取り出し、――福富に連絡を取るためを思われる――ライン画面を開いたので、自然な流れで荒北と名前♀の目が合う。

「今、荒北くんとこんな風に話せるなんて不思議だね」
高校のころは考えてもみなかった、と名前♀は微笑む。

「私、もちろん総北のメンバーの『走り』も好きだけど、荒北くんの『走り』が好きなんだ。この人が同じチームだったら、どんなチームになるんだろうってずっと思ってたの」
その夢が叶っちゃった。

荒北は一瞬、動きを止めた。数秒かけて、名前♀の言葉を咀嚼する。
思わず勘違いしそうになるからやめてほしい。そう心の中で呟いて、何を、勘違いしそうになるのか、と首を傾げる。けれどそんな些細な疑問もどうでもいい。

名前♀は今、こうして自分と親しくなっていることに嬉しいと感じてくれている。何かあたたかいものが胸の内にじわりと沁み渡る。荒北はその事実を知って、空気の肌を刺すような冷たさも忘れてしまっていた。


▼ いつか書いてみたいなあと思っていた、ペダル洋南夢。ちなみに夢主のデフォルト名は、「芝田雪乃」だったりします。2014/12/19up
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