冷たく濡れた嘘‐鳩羽色

――結婚しようか。
嘘だけど。





雨が降っていた。
髪がごわつくから、嫌いだ。
服が濡れるから、嫌いだ。
見ているだけで憂鬱な気分になるから嫌だ。
耳障りな音だから嫌だ。

しとしとと降るその雨の日は――君が死んだ日。

俺が君を殺して、全てを諦めて切り捨てて拒んで壊した日だ。
その日も、雨が降っていた。





静かに。
雨は俺の罪深さを理解した上で、さもそれを洗い流しているかのように降っていた。
苛立つ。
俺の何がわかる? わかったように降るな。
――いや、八つ当たり、だな。

天候の所為で店を閉めた商店街の、レンガ敷きの道を独り歩く。
雨は徐々に強くなる。
救いはいらない。いらない。だからこそ。

この廃墟のような街の以前の面影が蘇り、懐かしい。
俺はこんな街で育った。
人はいた。でも、いなかった。
誰も彼も、優しかった。
でもそれは上辺だけなんだと気付いたときは、酷く裏切られた気がした。
けれど君だけは傍にいてくれた。

――それでも、人は裏切るものだ。
それでも、人は死ぬものだ。
それでも、俺は無力な人間だ。
だから俺は、非情であろうとした。
他人と関わることに恐怖した臆病者。
何にも期待せず、世界を嫌って生きた方が楽だった。


「おい」

誰もいないと思っていた雨の道の先に、一人、いた。
黒い防水コートを着た男だった。長い黒髪を頭の上のほうで一纏めにしている。
表情は伺えなかったが、棘のある声色から『冷』という文字が浮かんだ。
きっとこの男は、本当に冷酷で冷淡なのだろう。
俺は嘘で彩られた人間だ。
所詮、何もない。

「おい」

その男は、脇を通り過ぎようとする俺の肩を、無理やり掴んでこちらに向かせようとする。
言葉尻も強く、強制させられるものだった。

「痛ぇよこの女男」

俺は眼光を飛ばして男を睨む。
そしてすぐに肩を掴んでいる手を乱暴に解いた。

「忘れたのか」

『忘れたのか』だと?
忘れたくても、忘れられないんじゃねえかクソが。
忘却は、逃げることだと、君が言った。
だから俺は、生きていたという証拠を残したくて、忘れなかった。
俺は確かに、それでも確かに、そこに居たんだと。

「――戻って来い」

その男は、僅かに躊躇してから一言、短く告げる。
今更すぎる言葉だな。

「嫌だ」

彼女を殺せと指示を下したに等しいあの場所になんて、死んでも戻らねぇよ。
誰が戻るかってんだ。

――俺の時間は、あのときから止まったままだ。
体は成長しても、心がまだ、追いつかない。
動いていないただの人形。

男は無言だったが、それは「そうか」と頷いていたように思った。
自嘲の笑みを浮かべて、俺は今度こそ通り過ぎる。
それでいいし、それがいい。
俺は誰とも関わらない。
友人、家族、仲間、ましてや恋人、妻子なんて真っ平だ。

約束していた彼女とも、死別したし。
君は、とても、本当に嬉しそうな顔をしていた。
俺が今まで見た笑顔の中で、とびきり一番の笑顔だった。
それを見て、俺はなんでもできると思った。今なら。きっと。
でも、結局はさ。俺も人間なんだよ。
どんな異能力をもっていても。
悪魔払い師と、聖職者と呼ばれようとも。
俺が君を殺した。
それは変わらない。





雨は嫌いだ。
君を殺した日だから嫌いだ。
俺が壊した日だから嫌いだ。
教団が俺たちの居場所を奪った日だから嫌いだ。
それでも俺は、償いのために歩いて行く。
静かな雨は、この歪んだ思いさえ、苦しみさえ――どうしようもない、この大罪さえ、洗い流してくれるのだろうか。
そうだったら、いいと少しだけ思えた。

――結婚しようか。
本当に。

君の笑顔が眩しくて、俺はもう一度、そう言ったんだ。

雨が、降っていた。
しとしとと、雨が降り続いていた。

それは誰の涙なのだろう。
誰かが神の涙の雨だと言ったけれど、この世界中の人々の心の涙でもあるんだろう。

嫌いだけど。
そう思うのは、嫌じゃない。


( 嘘と本当 )


▼ 一応骨子はそのままに少しだけ加筆修正しましたが、もう四年も前の文章なので、今以上に文章能力がないというのはご了承ください。大変わかりづらかったと思いますので、説明しておくと、これは寄生型イノセンスのために周囲から半ば嫌煙されていた少年が、心優しき少女に出会い、後にAKUMA化した少女を殺してしまった……というお話です。「嘘だけど」の台詞がみーくんを連想させますが、みーまーと関係はございません。
  2010/06/12(2014/03/31up)

  title:哭
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