「堕ちましょう。陽の当らぬ所まで」‐紫黒

※この設定の夢主です
※無印のネタバレをしてます



幼いころから神童だ、ピカソの再来だ、なんて大そうなことを言われて育った。

だけれどそいつらはピカソの最期がどんなものだったか知っているのだろうか。それを想像すると軽笑しか出てこなかった。
幼少期から天才過ぎて、凡才に憧れた彼は、美術界からバッシングを受け、長年支持者であった者からも突き放されてなお、「子どもらしい絵」を描き続けたらしい。そのため、彼の絵が評価され始めたのは死後のことだった。

結局のところ評価された才能ある画家だったんだからよかったじゃないかという意見もあるかもしれない。でも画家であるなら誰しも、生きている間に評価されたかったと思うのが道理であろう。

周囲がそれを望むのなら、逆にぐうの音も出ないほど完璧になぞらえてみせようじゃないか、と半ば逆ギレのように決意したのは小学5年のころだった。

そして、その激しい感情を爆発させる機会を探していたある日、路上で絵画パフォーマンスをしている画家を見かけた。
彼はキャンバス越しに座った客の似顔絵を、面白おかしくダンス混じりなことをしながら描いていた。


その瞬間だった。――ああ、これだと思ったのは。


それからあれよあれよという間に祭り上げられ、いつしか「超高校級の画家」として、希望ヶ峰学園に通うようになった。未来を切り開くための才能ある者を育成する学園。
はじめに聞いたときは、なんだこの胡散臭い学園はと感じていたが、その学園以外に自分の才能を存分に発揮できる場所が見つからなかったのだ。


「――さあ、今日も始めましょう。超高校級の画家、名字名前♂のドローイングショーを!」


もちろん学園内でも道端で唐突にはじめてみる。

絵の種類は様々。観客の似顔絵だったり、忠実な風景画だったり、抽象画だったり。

決まって通行人は自分の虜になった。誰も彼も足を留め、そして歓声を上げる。
この空間では自らが創造者で支配者だった。
これほど気持ちの良いことはない。
心地いい空気に酔いしれた。


けれど何度もそんなことを繰り返している内に、今では随分飽きてしまった。

閉鎖された学園で、代り映えのしない観客に全力でパフォーマンスをしたところで、一体何の意味がある?
じわじわと、自身の才能を向上させる意欲すら失せてきた。
むしろこんな場所でどうやって才能を育てればいいんだ?
客はいつもこの学園の生徒か教師だ。
俺はそんな連中だけに見てほしいんじゃない。
もっとたくさんの、人種も国境も関係ない世界中の人々に見てほしいんだ。
――でもさ。そもそもなんでそこまでして、多くの人たちに見てほしいって思ったんだ?
……わからねえな。わからねえ。けどそんなのどうでもいいじゃねえか。とにかく描けばいいんだ。描けば、その過程で全部わかってくんだろうが。


「……なあ、江ノ島盾子さんよお」


街灯の下。今日の観客はただひとり。目の前に仁王立ちした超高校級の「ギャル」様。
盛りに盛ってるボリューム満点のピンクがかった金色のツインテール。
スラリとした背丈に、絶妙にマッチしている着崩した制服から覗く豊満な胸。
一目見て目を引くのはそのくらいか。

「そうねえ、名字名前♂さんよお。……アハッ、あんたって見かけによらず面白いのね! アタシ気に入ったわ」

今目の前にいる女が企んでいることなんか、どうでもいい。
俺はただ、絵が描ければそれでいい。
この絵が大勢の前に晒せるなら、それでいい。

――そうだ。

世界がどうなろうと、俺が描けて、その絵が残りさえすれば、それがいい。

俺の応答を聞いて、彼女は満足げに笑った。
その笑みは、絶望を希望した絶望的に艶やかな笑みだった。


( 崩壊への坂道 )


▼ buzzGさんの夏コミアルバムに収録されていたプロティジーの憂愁をそのままイメージして書きました。ちなみに余談ですがデフォルト名は『方喰芦人(かたばみろじん)』。丁度モチーフの曲の25動版がアップされたので、タイミングとしてもいいかなあと思って、こちらでもアップしました。
  2013/08/14(2013/09/29up)

  title:哭
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