眼を細める‐sunshine yellow
「ちーさまちーさま!」
「……何だ五月蠅い」
とある地方の山奥、風間家の別荘。
の、縁側に腰を下ろしている金髪紅目の男、風間家の当主その人に、ぴょこぴょことくくった髪を跳ねさせて歩いてきた幼女がいた。
彼女は見ただけでは九歳ほど。おろすと肩を少し過ぎたくらいになるであろう長さのきらびやかな金色の髪を、一つに束ねている。瞳は澄んだ青色をしており、肌は透き通るように白い。顔だちも整っており、あと十年くらいすればどんな美人になるのか楽しみなほどであった。
「すきー!」
「――……ああ」
こうしていきなり抱きついてくるのも日常茶飯事だが、男――千景は何か言いたそうに、しかし頷いた。幼女――名前♀はにこにこと笑ったまま。
「ちーさま、ちづるちゃんのことすきなの?」
「……! 名前♀、どこでそれを」
「んー、きょーとあーちゃんにきいた」
「不知火……天霧……あの二人か……」
ぎゅむーと抱きつく名前♀の言葉を聞いて、千景は眉根を寄せたがそれとは裏腹に、片手で少女の頭を撫でた。なんだかんだいいつつも、彼は子どもに甘いらしい。
ふと彼女と同じ色をした空に目を向けた。
それは起伏が激しい。まるで人のようだ。本当にこの幼子のような。
己はそんなもの望んではいない。ただ我ら鬼の一族のために生きる。だからあの女鬼が要る。それだけである。
――しかし、眩しい。眩しすぎる、この少女(そら)は。
自分が必要ないと切り捨ててきたものを、こいつがわざわざ拾って揃って持っている。
対極の存在は、犬猿だというが。自分は少女のことをうっとうしいと思いながら、まだ捨てられない。弱いな。弱い。
「チッ、」
舌打ちをし、千景はさらに眉間の皺を濃くする。
けれどそんな表情をしたとき、決まって彼女は言うのだ。
「ちーさまはわらってなきゃいけないの!
ちーさまはわたしがまもるんだから!」
何が『笑う』だ。
何が『守る』だ。
馬鹿馬鹿しい。
だが実際、こいつに助けられたことがあるのも事実だ。
『笑う』こともまた、然り。
「……――貴様はなぜ俺のそばにいる?」
問うようで問うていない、曖昧な声音だった。
名前♀はきょとん、と首を傾げてからにこっと笑った。
「ちーさまがだいすきだから!」
「…………」
暖かな木漏れ日の許、千景は神妙な顔つきで純粋な名前♀の目を見つめた。
探るように、弄るように。
けれどもそこには、ただ単純な感情しか浮かんでいないことに気付くと、
「なら名前♀、貴様はこの俺を見届けろ」
目を細め、薄く口の端を上げて笑い、言ったのだった。
――なぜにこんなふうに思うのか、それはよくわからない。
なぜにこんなにも心が揺らぐのかも、また然り。
だがこのようなことでは弱くなるはずがない。己は、いずれこの国の鬼を統べる者。風間家当主、千景様だ。
「うんっ!」
我が道を行く我に、貴様は成長したときなんと言う?
おそらくその答えは今と同じなのだろう。
その笑顔が、眩しかった。
それとともに、憧れた。
そして――それを忌避した。
だがそれを、自分だけのものにしたいと思った。
*
「千景様。わたしは今でも、あなたのことを好きでいますよ」
淡い桃色の花びらが舞う、その木の下で。
そう儚げに微笑んだお前を、誰が忘れられようか。
( 永遠に )
▼ 幼女()と千景。三年前に書いたこともあって、よくわからない話に出来上がってます。
2010/05/22(2013/06/23up)
title:哭
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