微笑みは刃のように

シンドバッド王。

優しい優しい、わたしたちの王様は、優しい優しい、光であるべきだとわたしは思う。
その類まれなる輝きで、わたしたちを導く道しるべとして。
だからこそ、闇に染まるべきではないと思う。
彼にはどうしても、あの黒いマギや八芳星の組織のようにはなってほしくはない。
眩しすぎる光だからこそ、力を求めるあまり、それに手を伸ばしはしないかと不安になる。
この人の場合、力への希求は、わたしたちを思ってくれているから望むものだとわかっている。
そして、力を求めてもそれが黒いものであったときにわたしたちが歓迎しないから、それを自ら進んで手に入れようとはしないことも。
けれど、やはり、不安なのだ。

この人は強い。誰よりも強いと、わたしは思っている。
それでも、彼が敵わない人がこの後現れることはないとは言い切れない。
もし、力を欲さなければならないときが来たら?
光では太刀打ちできないときが来たら?
彼は、この人はどうするだろう。
信じていないわけではない。そうじゃない。
ただ、彼はわたしたちに親身になりすぎている気がするから、無茶をしでかすかもしれない、というそれだけだ。

「……こんなことを思うのは、やっぱり野暮かな」

ぽつりとつぶやくと、豪奢な椅子に腰を下ろしているこの広い部屋の主――目の前の当の王様はどうした?と首を傾げる。

「なんでもありませんよ」

わたしは笑って返して、ティーワゴンに手を伸ばす。
その上に置いてあった陶器のティーポットから『湯呑み』とやらに東洋のお茶である『緑茶』を注いだ。
この『緑茶』、案外おいしかったりするが、例の黒いマギが持ってきたものだと思うと甚だ複雑なものだ。
シンドバッド王は渡される湯呑みを受け取りながらわたしの言葉にそうか、と頷く。
そして湯呑みに手を沿え、ゆっくり傾けると一口緑茶を口に含む。
この一連の何気ない動作でも相変わらず優雅である。
ごくり、とその喉が淡い翠蘭を嚥下した。
そうして、うまいな、と笑った。

「(その笑みを、わたしはいつまでも見ていたい)」

それはまるで、背後からわたしを戦いに駆り立てる刃のように。
遥か前方で掲げられた、行き先を示す刃のように。

――ああ、そうだ。
それこそ、わかりきっていることだった。
不安に心を惑わされているだけでは、いけない。
いけないのだ。
この人が無茶をしないようにもっと強くならなくては。
無茶をするのであれば、それを止められるほどにもっともっと強く。
わたしたちが強くなれば、きっと彼が力を望むこともなくなるだろうから。

「……少し、失礼します」

ティーポットをワゴンの上に置く。
彼の下(もと)に跪き、その脚を取って、服の裾を軽くずらす。
目を伏せる。むき出しになったその脛に静かに唇を寄せた。

黙って守られるだけの王ではないことは承知だけれど、だからこそあえてわたしはあなたを闇からお護りしよう。
わたしたちの光。
わたしたちの道しるべ。
わたしたちの――

「シンドバッド王。わたしは、何があってもあなたを護る」

たった一世でシンドリアという素晴らしい国をつくりあげ、
わたしたち所謂世間からの外れ者の手を引いてくださった。
そんな高潔な王に、改めて誓う。

あなたの友として、従者として。
あなたのすべてを護り、あなたのすべてに恭順しよう。

「ん……? ああ、わかった。だがそこまでかしこまらなくてもいいだろ?」

今更だしなあ。
そんな彼の言葉に「まあそうですね」と答えた。
しかしこの人は自分が感じているより部下に慕われているということを自覚すべきだと思う。わたしの中で指折りされるほどの決意と共に誓いを立てたというのに、本当に間の抜けた応答だった。いや、確かに突拍子もなかったわたしも悪いとは感じる。でもそこまできょとんとしなくてもいいんじゃないだろうか。ほら、今もそうやって不思議そうにわたしを見る。

「……はいはい、緑茶おかわりいかがですか?」

いつの間にやらからっぽになっていた湯呑みに、我ながら目敏く気づいた。
二度目の誓いを立てようと思ったこの経緯。さすがにこればかりは彼に説明するわけにはいかないし、説明したところで笑い飛ばされてしまいそうだ。
わたしは、誤魔化すようにポットを軽く持ち上げた。


( ――わたしを、強くする )


▼ マギ企画『炯然』様に提出。
  title:キスの場所で22のお題,Discolo
  2013/01/21up
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