だれかがどこかで、

※ 男主です。notBL。死ネタです。
  もしかしたらゲーム終盤のネタバレ要素があるかもしれません。
  それを踏まえた上でどうぞ!


「ねえ、名前♂は、わたしのこと、嫌い?」

「? ばかだな、俺がメアリーのこと嫌いなわけないじゃないか」

「じゃあ、嫌いになる?」

「嫌いになるわけないよ」

「どうして?」

「メアリーだから」


好きだよ

そう言って、優しく笑うこの人を見て。
わたしは生まれて初めての感情を知った。
今まで触れることさえなかった想いに、触れた。
それは、それはそれはあたたかな、あたたかな、





「それに、その絵に触るなあああああ!!」

どうしてこの部屋に入ってこれたの、なんでここにいるの、
この部屋は、この絵は、わたしの、わたしにとってとても大切な、大切な、
イヴ、ねえイヴ、あなたはどうしてそんな顔でわたしを見るの
わたし何もしてないでしょう?
わたし、イヴのこと大好きなのに、大好き大好き大好き大好き大好きなのに、なぜ、わたしじゃなくてその人を選ぶの、
悔しい悔しい、わたしじゃだめなの、わたしじゃだめなの、

金色の髪。
緑色のワンピースを纏い、微笑む少女。

秘密。
二人だけの秘密。

そう言って、あの人にだけは見せた絵。
見せてしまった絵。

『綺麗、だ』

そう一言。
壁にかかった絵を見たまま、首を上に上げたまま呆けたように呟いたあの人。
きっと彼は、全部わかっていたのだろうと思う。
この絵を見た瞬間、わたしという存在がなんだったのかということも、
わたしがこれからなにをしようとしているのかも、全て。
でもそれでも、あの人は変わらなかった。
変わらず、わたしにその優しげな笑みを向けて。

どうしてそんな笑みを向けられるの。
何も知らないのにと憤ったこともあった。
けれど、あの人は決まってこう言った。

『何も知らなくても、全て知っていても、変わるわけないじゃないか』
『メアリーはメアリーだろう? 何をしても、どんな姿でも、メアリーだろう?』

知らないものも、知っているものも、全部含めてメアリーだから。

そう、言った。

嬉しかった。
素直に、嬉しかった。
視界が滲んで顔を歪める。
嗚咽が出た。
俯いて目を擦ると涙がぽたりと床に落ちた。
あの人は、何も言わずにわたしの頭を優しく撫でた。

パレットナイフを振り上げる。
イヴでも、イヴだから、許さない。許さない、その絵に触れることは許さない
わたしはイヴと行きたい
イヴと生きたい、いきたいの、
どうしてわかってくれないの、どうして!

隣のギャリーは剣幕に怯み、とっさの動作に反応できない。
わたしは嗤う。
こんな男、こんな男死んでしまえばいいのに。
イヴ、ねえイヴ、許してあげてもいいわよ。
イヴが片手にライターを持ったまま、振り向いてその目を見開いた。
振り下ろすナイフが鈍色に光った。


「……っ、あ」

なん、で、


言葉は、漏れることなく消えた。


どうして、


肉を勢いよく刺して、勢いよく抜く感触がした。
血が、赤い赤い血がわたしの頬に飛んでこびりついた。
その胸には、ナイフが刺さったあなが空いていた。
ああ、ああ、
わたしはまともな声も出せずに、わなわなと震えた。
じわりじわりと、体の真ん中に開いたそれを中心に、赤いものが溢れ、広がった。
転がったナイフには、赤い赤い、赤い、血が、ついていた。
それはギャリーでもイヴのものでもない。なかった。
目の前にいたのは、わたしの、目の前に、あの二人を庇うように立っているのは、

あの人がつけていた橙のピアスが、よぎった気がしたの。
気がしたけれど、無視をしたの。
だってだって、そんなはずはないと、信じたかったから。


「メ、アリー……」

それでもやっぱり、やっぱり、そうやって私の名前を呼ぶのは、
紛れもない、あの、人。

彼は、笑った。
優しく、優しく、笑って、わら、って、

でもとてもそれは、


「駄目、だろ、メア、リー」


とても、苦しそうで、


「ともだちに、ナイ、フなんて、っ向けちゃ、」


無理やりに笑うその姿を、見たくなかった。
背中から床に落ちて、血の咳をした。
それでも彼は、名前♂は、ただ、微笑む。


「しゃべんないでよお……っ」


しゃべったら、しゃべったら死んじゃうじゃない、
あなたが、死んでしまうじゃない、

わたしは今どんな顔?
きっとぐしゃぐしゃな顔してる、ぶさいくな顔してる、
何も見えない、何も、見えないよ、
あなたの顔が、笑うあなたが見えない、

ごぽりと、また、血が口から溢れる音がした。

「メア、リー、きみは、きみ、は、行くんだ、行って、生きろ、」

視界を遮っていたものが、ぼろぼろと外へ零れた。
幸か不幸か、景色が、見えた。
彼は、天へ向かって、手を、伸ばしていた。
何かを探すようにそれは宙を力なく彷徨って。
思わず瞳を見ると、焦点が定まらない、どこを見ているのかわからないような、目を、していて、

両手で、その手を握った。

どくりどくりと力強く打つはずの脈は、だんだん、弱くなっていく。

血の海が、じわじわと広がる。
敷かれた絨毯を、より赤く、紅く染めて。

「ああ、メアリ、ー、だめだ、な、メア、リー、わら、って、」

わたしは、彼と同じように、無理やり笑った。
うまくは笑えていないだろう。
心が、苦しくて。苦しくて、痛くて、痛くて、壊れてしまいそうなほど、痛くて、
名前♂は、笑ったわたしに応えるように、安心したように微笑んだ。
その笑みは、いつもわたしが見ていた、普段どおりの彼の笑顔にひどく似ていて。
驚いて、目を見開いたときにはもう、
強く、強く握った手を、名前♂が握り返してくれることはなかった。

体から熱が消えた。
荒く呼吸をする音が消えた。
拍動が消えた。
名前♂が、生きていた証が消えた。
ただ、赤い血だけが、どくどくと、絶え間なく流れていた。
床に散らばった橙の花びらが、それに彩られて。
まるで、絵画のようだと。
優しく微笑んだ顔のまま、名前♂は、


「ぁあああぁァああぁあァあアああああああ」


名前♂が、名前♂が、いってしまった、
遠い遠いところへ、いってしまった、わたしが、わたしが殺してしまった、名前♂、名前♂、名前♂、

胸が張り裂けてしまう。
張り裂けてしまう。
壊れる。壊れる壊れるよ、
痛い痛いいたいこの痛みは、なんなの、

わたしの絵を、綺麗だと言ってくれた。
わたしのことを、嫌うわけがないと言ってくれた。
好きだとも言ってくれたし、わたしの頭を撫でてくれた。
一緒にパズルで遊んだし、彼は嫌がったけど人形遊びもしてくれた。
はじめは、はじめはこんな鈍感で、天然で、バカで、何も知らない奴に、心なんか開いてやるもんかと、そう頑なに決めていたのに。
それなのに、名前♂は勝手にずかずかとわたしの心に入ってきて、いつの間にか、わたしの心の中にいた。そうしていつの間にか、わたしは、


「ああ、ああ、あああ、」


これが、悲しいという感情なの、
これが、愛しいという感情なの、

今更、今更気づいたところで何になるの、
もう、名前♂はいないというのに、
帰ってこないというのに、


「メアリー、」


イヴがぽつりと、名前を呼ぶ声が聞こえた。
メアリー。
わたしの名前。
メアリー。


『メアリー。きみはほんとに黄色が似合うな』


これは造花なの。
造花だったの。
あなたが褒めるような綺麗な花じゃないの。
偽物の薔薇だったのよ、
偽物だから、本物じゃないから、わたしは、いくらそれを引き千切っても、死ねない、死ねない、

声をを枯らして泣いた。
嗚咽などする暇もないほど、泣いて、泣いて、泣いた。

どうしてわたしは、あのときナイフを振り上げてしまったの。
橙がよぎったときに、どうして腕を止めなかったの。

どうして殺そうなんて、したの。
違う、わたしは、
生きたかった。
生きたかったから、

生きたかったから、死にたくなかった。

それだけだったのに。
一人じゃ意味ない。
ほんとうは、
名前♂と一緒じゃなきゃ、生きている意味なんかないじゃない。
一人は、寂しい。
寂しいよ、
名前♂、あなたは全部わかってたんでしょう、わたしの気持ちを、一番わかってるのは、あなたでしょう、
どうしてどうして死んでしまったの、
どうしてわたしは、あなたを殺してしまったの、

生きたかった。行きたかった。彼と、

生きたかった。名前♂と一緒に、生きたかった。


「――イ、ヴ」


それは声と言えたのだろうか。
ただの音だったような気がする。
泣きすぎて、声になってすらいなかった。
もうとっくに、声は枯れてしまっていたから。


「もやして。わたしの、絵をもやして」


痛い、痛いよ
もう壊れてもいいかな、
もう生きたくない
あなたがいなければいやだ
わたしはもう、一人でいたくない、
一人は、辛くて、辛くて、寒くて、苦しくて、寂しくて、いやだ、いやだよ、名前♂、


「…………」


カチリ、とライターの火が点く音がした。


▼ 今流行りのホラーゲームIb夢でした!
  加筆修正するかもしれません;;
  →あとがき
  2012/05/05
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