ポストゥルード(HP)
――全ては終わる。
――今日この日、全てが。
――さあ、終幕の鐘を
*
(――in ハリー達のテント)
最近は、以前のホグワーツでの日々に思いを馳せることが多くなった。
あの穏やかで楽しかった日常を、今酷く希求している。
ハリー達と共に、各地を放浪する旅路の中で募るのは、ただ疲労と平和と平凡への羨望。そして、僅かな希望を掴むための焦りと。
なによりも日常を求める声をも上回ったのが、
「――セブルス……」
愛しい、世界で一番愛しい人に会いたいという感情だった。
壊れてしまいそう。狂ってしまいそうだった。
会いたい、会いたい会いたい会いたいのに、セブルス、ねえ、
あなたが今どこにいるか知ってる。知ってるのに会いに行かないわたしは、最低で酷い女なのかな。
会いに行けないと言い訳をするわたしは、卑怯な女なのかな。
もしそうだとしたらさ、セブルス。わたしを、振っていいよ。振っていい。
あなたが好きなのは、いつも見ていたのは、わたしじゃなくてリリーでしょ。そのことに気づいちゃったんだ、わたし。
わたしをリリーの代わりにしないで。
――いいや、違うかもしれない。
あなたはわたしをリリーの代替品にしていないのかもしれない。
それでも、わたしを見ていないでしょう、セブルス。
何度抱きしめ合って、愛を囁いて、口付けをしたって、あなたはわたしを見てくれない。見ている振りをする。
――それでも。
そんなどす黒い感情が自分の中に渦巻いたとしてもわたしは、
――あなたが、変わらず好きで。
ハリーを守るという意志も変わらない。
恋敵ともいうべきか、リリーの為に愛する人が命を危険に晒しているというのに、わたしの気持ちは動かない。
ある意味それこそが、一番酷くて最低なのかもしれない。
はあ、と思わず重いため息をついてしまい、慌てて口を塞ぐ。
こんなときにため息だなんて、不謹慎すぎる。
顔を上げて周りを見たが、どうやらハリーもハーマイオニーもロンも眠っているようだったので、今度は安心の息をついた。
「……ぐりふぃんんんどおおる……が……ゆうしょおおうう……」
くすり、と笑みを零す。
ロンの寝言だ。相変わらずこの子はクィディッチが好きなんだなあと、微笑ましく思う。
穏やかな寝息と、たまに聞こえてくる寝言。ランタンの橙の灯り。
魔法界には絶望しか残っていないと思えるほどの、このご時世。
それでもこんなふうに、希望はあるのだ。
平穏に寝られるだけの、希望はまだ、あるのだ。
焦るな、わたし。
焦ったら、駄目だ。
会いたい、なんてわがままも、言っちゃだめだ。
あなたはどちら側なの?なんて問いも愚問だ。
解りきっていることだ。彼は、彼女への想いあってこそ、今安らかな表情で眠りについている黒髪の少年を守っている。
気づいてしまったわたしは、どうすればいい。
何も知らないころには戻れない。ただひたすら、彼を信じていたころのわたしには、もう、戻れない。
純粋に好きでいたい。
どんな人よりもあなたを一番、愛しているのだと。
胸を張って言いたい。
あなたに、伝えたい。
失恋したっていい。
それでもいいから、
わたしは、伝えたい。
「愛してる」
*
(――in ホグワーツの図書室)
「だあああああもうくそおおお!!」
「レイン五月蝿い」
「ごめんなさい!!」
司書――ロウェナのいるカウンターの前で、レインは頭を掻きむしって叫んだ。
そんな彼に、麗人ロウェナはすかさず冷たい視線を寄越し、一言で謝らせる。
幸いにも今は夜で、生徒も教師もおらず、まだ真っ赤に電灯が点いたこの場にいるのは自分たち二人だけだった。
「……なあ、ロウェナ。なんでお前は、そんなにも冷静でいられるんだ……?」
カウンターに突っ伏してレインは尋ねた。
この間もそうだった。
新校長にセブルスが就任した事実。なぜ彼は、それを良しとしたのか。いや、理屈的にはわかる。おそらく闇の帝王にでも言われたのだろう。二重スパイであるなら、そのどちら側の人間にも、自らが敵だという素振りを見せてはならない。だからこそ。
だがしかし、そこまでする理由はあったのか?そこまでしなければならなかったのか?
完璧に、このホグワーツが闇の手の内に落ちたと思わせる状況を作り出してよかったのか?それはハリー側であるセブルス・スネイプとして、正しい選択だったのか?
そうでなければ――すでにセブルスは、闇の帝王の側の人間になっているのではないか?
信じられなくなっていた。
長年の友人すら。
そんなレインを叱咤したのが、ロウェナだった。
『止めなさい』
と、あの日、彼女は言ってレインの頭に水をぶっかけた。
『セブルスも、彼なりに考えがあるのよ』
その“考え”というものが何かはもちろん、ロウェナも知らないだろう。
だが彼女はそう言い切った。
ロウェナはきっと、セブルスを――本当のセブルス・スネイプを、見つけているのだ。
自分たちがいつも見ていた、学生時代からの彼ではなく、誰にも――否、あの黄昏色の少女にしか見せていなかった彼を。
だから、信じられた。
今でも彼女は、無条件に彼を信じている。
一方の俺は、どうだ。
きっと、俺も、そんなセブルスを見つけている。
そのはずだ。
だけど、信じられない。
なぜだろう。
セブルスが、闇側でもあるからか?
スリザリン寮以外の生徒には懐かれも好かれもしない、性格の悪い陰険教師だからか?
違う。違うんだ。
そうじゃなくて。俺は、
そうだ、俺は、
――裏切られるのが、怖いんだ。
ずっと親友だと思ってきた。
ずっと隣で見てきたつもりだった。
そんな、近しい存在に、今までずっと信頼を置いていたあいつに、裏切られるのが怖いんだ。
――ああそうか、
だから俺は――……
「……さあね。人が人を信じる理由は様々よ。ただ、貴方はもう、“彼”を信じることはできているでしょう?」
ロウェナはいつも通り、淡々と返してくれた。
それが今、とてもありがたい。
――何百人もの犠牲を払って、ようやく掴むだろうその希望は、果たして、これほどに価値のあるものなのだろうか。――野暮だ。それは野暮だ。そんなこと、訊かなくてもわかっているだろう、レイン。俺たち魔法使い、何百人の犠牲で、この先に繋がる何億人、何兆人もの未来を生み出せるのだから。
夜の帷は完全に下りる。
何度真っ暗なそれが訪れても、明るい朝は変わらず来る。
それならば。
進めるはずだ。信じた先には見えるはずだ。
――誰もが幸せに微笑む、そんな未来が。
postlude-ポストゥルード- ▼ まだ私はハリポタ劇場版の最後の最後(最終章のpart2)は見ていませんが。
これは、最終章part1と2の間の話のようなものです。
……なんだか、杏樹は前に進もうとしているのですが……、って感じで、レインは今、大きな一歩を踏み出したって感じですね。杏樹とレインsideの話はよく書くのですが、ロウェナ視点の話を書いたことがないのが常々、自分でもなぜだろうと思ってます;; そして、作中の『黄昏色の少女』とは、杏樹のことです。ちなみに、タイトルの読み方は合っているかどうか不明ですので……;;
これは2011/08/20までのフリー夢小説です!(ですが自作発言等は禁止ですよ)フリー夢小説はこれで最後です。5000hit、ありがとうございました!! 2011/07/19
PS:フリー期間は終了しました(2011/08/21)
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