プレリュード(stsk)
「――というわけで、映画撮影に協力してくれ。もちろんキャストで」
キリッ
……と保健室にて、陽日先生に言われた。
放課後保健室に来てくれ!と、必死の顔で言われたものだから、何事かと思って来てみれば。
一度ため息をつく。
そんな格好つけて言われても(はっきり言って全然格好よくない)、返す言葉はすでに決まっていた。
「いやです」
「即答っ?!」
ガーンとショックを受ける陽日先生を冷めた目で見つめ返し、私は立ち上がる。
映画祭に出展するための、映画作製だって?くだらない。そんなことをしているより、新たな神話を考えたり、『空色設計士』のストーリーを練ったり、勉強をしたり星を見たりしているほうが余程有意義だ。
星月グループの統帥さまだかなんだか知らないが、私はそんなものに絶対に参加しない。参加して、何になる。人と無駄に関わって何になる。何にもならない。私にとっても、他の人間にとっても、何にもならないのだから。
「……そう言ってやるな、如月」
保健室を出て行こうと扉に手をかけた私の背中に、苦笑気味の星月先生が声をかけた。
「お前がいなきゃ、駄目なんだ」
急に真剣重大になる星月先生。ほんと、やめてほしい。
期待させるような言葉を、吐かないで。あの人と同じようなことを、言わないで。
みんなと同じようなことを、口にしないで。
それが偽物だって、私は知っている。他の誰でもない、私自身が知っていること。
期待して、夢を見て。そのあとに残ったものは、ただの虚無と失望と絶望と憎しみだった。
「別に私じゃなくてもいいでしょう」
振り返らずに冷淡に言い放つ。
「お前じゃなきゃ、駄目なんだよ如月」
頼む、
と、それでもこの教師は引き下がらない。
さあどうすれば彼は、私を引き留めず、帰ることを許してくれるのか。
――残念なことに、今の私には思いつかなかった。
言葉で説得できないなら、このまま強引に立ち去ってしまえばいい。出て行けばいい。
そう思うのに、なぜか私の足は動かない。
その代わりに、口をついて言葉が生まれた。
「――理由は。私じゃなければならない理由は」
陽日先生が息を呑む音が聞こえた。
それほどまでにピンと張りつめた空気。
針でつついてしまえば、例え軽い気持ちだったとしてもそれは弾けてしまう。溢れ出てしまう。
それは、私の感情と同じ。
四六時中気を張っていないと、愚かな自分は何度も何度も、苦しくて辛かったはずなのに、希望を追いかけてしまう。――希望。……希望?そんなものが、一度でもあったか。あったのか?私に、希望なんていうものが。
希望。
聞きたくない響きだ。
いらない音だ。
私が希望を追いかけて、最後に掴んだものは絶望だったというのに。
絶望しかなくて。そこには希望の欠片もなかったのに。
本当は存在することのない希望を期待して夢見て追いかけて、その行動自体、無駄だったというのに。
「――如月壬槻が、如月壬槻であるからだ。他の誰でもない、如月壬槻という人間だから。……それ以外に、何か理由が必要か?」
強い、言葉だ。
心が震えてしまいそうになるほどに、強くて、美しい言葉、だ。
――ああ、許されてしまいたい。
――何に?
――さあ、何にだろう
それくらいこの言葉は、私の心に、届いた。
だけれど、拒むことだけに特化した私の心は、すぐに冷え切る。
――それがどうしたというのだ。それが。
「俺たちが欲しいのは、如月壬槻という人間の演技だ。如月壬槻は、お前だろう」
そんな私の気持ちを読んだかのように、星月先生は言う。
別段と。それは私を説得しようとして紡いでいる言葉ではないということが、私には解っていた。真っ直ぐにただ、思ったことを口に出しているだけ。そしてそれがなぜか、私の心に酷く残るだけ。それだけ、なのに、
「――……少し、考えさせてください」
*
ぱたん、
と保健室の扉を閉めた。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
すぐさま私は後悔に襲われ、思わずその場にしゃがみこんだ。
*
「……それにしてもすごいな、琥太郎センセは」
陽日は感心するように、目を瞬いて星月を見た。
「すごくなんてないさ。俺はただ、言いたいことを言ったまでだ」
星月は苦笑して返す。
「――如月はきっと、誰かが背中を押してしまえば大丈夫なんだ。
それが誰か。その部分が重要、ってことだよ」
「…………」
二人しかいなくなった保健室は、いつしか茜色に染まっていた。
prelude-プレリュード- ▼ stskドラマCD「Zodiac sign」のパロでした!
……と言っても、まだ最初の最初なんですけどね。まさかの星月先生と陽日先生しか登場しなかった件。
これは2011/08/20までのフリー夢小説です!(ですが自作発言等は禁止ですよ) 2011/07/17
PS:フリー期間は終了しました(2011/08/21)。
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