あと3日/04 promise so...
徐々に、本格的な冬の足音が、近付いてくる。
それとともに。
学生の心は楽しさで弾み、また、焦りで追いたてられていた。
――そう、テストである。
12月に入ると、クリスマス休暇は目前だ。
だがその前に実施される期末試験に、ホグワーツ生も例外なく駆り立てられる。
そんなある日の図書室。
テスト――試験が一週間前に迫った現在、ホグワーツの休日の昼下がりといえば、図書室は学生で溢れるのであった。
自分がやってきたときにはもう、席はほぼ埋まりかけていた。
室内中を歩き回り、ようやっと日当たりのよい隅に空いている席を二つ見つけ、その片方に腰を下ろし、教科書等を机にどさりと置いた。
はあーと机に沿ってべたりと脱力すると、少し長くなり鬱陶しくなってきた黒い前髪を掻き上げる。きっと今の自分は、さぞかし不貞腐れた感じの顔をしていると思う。
好きで勉強をしに来ているわけではないのだ。
家柄上、仕方のないことで。
仮にも名門と呼ばれるブラック家に生まれたのだから――という、そんなくだらない理由に縛られ、毎日を過ごすことはもううんざりだ。
そうは思っていても。
普段勉強しているようには全く思えないジェームズやリーマスも、何気に成績はいいし、ピーターだって最近かなり机に向かう時間が増えた。
なんつーか、そうだ、俺だけ取り残されたような感じがして。
「……あれ、シリウス?珍しいねー」
そんな俺の顔を覗き込んだのは、絹のような金髪と澄んだ青い瞳――杏樹だった。
彼女も試験勉強に来たのだろう。羊皮紙や本を沢山抱えていた。
「……俺が図書室に来て、勉強したら悪いかよ」
杏樹に悪気はなかったのだと思う。
だけど、むっとせずにはいられなかった。
……自分でもちゃんと自覚してんだ。ああ、この短気な性格直してえ。
「ううんー!別に悪くないし!」
何が楽しいのか、にこにこと笑みを浮かべる杏樹は、俺の横の椅子に座った。
なぜだか、悪い気はしなかった。
「……あっそ」
こいつといると、調子が狂う。
邪気が抜かれた笑顔を見てると、おかしな気分になる。
――俺は教科書を開け、丸まっている羊皮紙を広げた。
全く面倒くさいことこの上ない。特に、この、再び丸まろうとしている紙!苛つく。
インクにペンの先を浸し、羊皮紙に向かう。
ええと、確かこの薬がどうできるのかを書くんだったよな……。
教科書に載っている方法と、もう一つ別の方法を自分で見つけ出して……。
――これは前に作ったことがあったんだったか。
幼いころに家の調合器具や材料を、適当に混ぜ合わせて……。
うろ覚えだったが、開き直ってペンを走らせる。
「――あ」
つと、隣の杏樹が声を上げた。
こいつもまた、紙と教科書を広げていた。羊皮紙をちらりと見たが、俺にはさっぱり理解できそうにもない難しげな図や言葉が書かれていた。
「ここ。梅の枝じゃなくて、桜の枝だよ」
指摘されて、自分の羊皮紙を見る。
梅と桜なんて、大して変わらねえじゃねえか。
気に食わない。そんなふうに眉根を寄せた俺に気づいたらしく、杏樹は、
「もう!これだから欧米人は!梅と桜じゃあ、花の色も咲く時期もできる実も違うんだから!」
いやお前も欧米人じゃねえのかよ。
とツッコんだが……そういえば、こいつの名前は東洋人っぽかったか。
俺からすると、梅と桜の違いなんてさほど興味のないことだったし、悪く言えば心の底からどうでもいいことだった。
なのに杏樹には、それがとても重要なことに映っている。
一生懸命に、俺にその二つの違いを解らせようと説明してくる。
なぜかおかしく感じて、ぷっと吹き出した。
「あっ!!笑うな!」
整った眉を吊り上げて怒る杏樹も、面白い。
――そこで俺はふと、思い出した。
機会があれば、なんて思い、そのままお流れになっていたこと。
「……なあ、」
急に真剣みを帯びた俺の表情に、杏樹も身を固くさせた。
そんなにならなくてもいいのに。と、また笑みが零れそうになる。
でも零れてしまえばきっと再びこいつに怒られる、と冗談交じりに感じ、出かかっていた笑みを引っ込めた。
「試験が終わったら……、ホグズミードに行かないか?…………その、……二人、で」
最後の方はものすげえ声が小さくなっちまった。
うわ……恥ずい……。
何だこの羞恥プレイ……!
思わず口元を覆い、顔を背ける。体中が火照ったように熱い。
「…………あ、……うん、いい、よ」
返事を聞くのが怖かった。
でも、彼女のそれは、俺が望んでいたとおりのもので。
ちらりと見遣ると杏樹も、同じように赤面していた。
図書室の窓のカーテンが揺れた。
開いた窓から、冬を思わせる冷たい風が吹き込んでくる。
強くもなく弱くもなく、丁度良く熱くなった俺の体を冷やして行く。
「……でも、」
ぽつり、と杏樹が口を開いた。
本当に、何を言うのかと思った。断られるんじゃないか。
だけど、
「その前に、試験が待ってるよ」
それをクリアしなきゃ、そもそもホグズミードに行けないし。
急に現実に引き戻されたと同時に、身体の力が抜けた。
……本当に、断られるかと思った。
「そうだな。まずは試験勉強からか」
「ん!そういうこと!」
にっこりと微笑む杏樹を見て、気を入れ直す。
俺たちは再びペンを持つ手に力を込めて、羊皮紙に向かった。
*
あのころは。何も考えていなかった。
何も考えていなかったからこそ、あんなふうにも呑気に日常を――ある意味謳歌していたのだ。
だがそれでは駄目だった。
駄目だったのだ。
それが解った今でも、しかし過去に思いを馳せずにはいられない。
在りし日はあれほど、あれほど穏やかであったはずなのに。と、
▼ ……とまあこんな感じで、カウントダウン4日目、どうでしょう?
今回はシリウスとのお話です……が、今までで一番長いです……;;
なぜだかシリウスはとんとん拍子に語りだしてしまいました……そして早く終われーと思いつつ、ようやく終わったと思えばこの長さでした……。
冬から始まり(01)、季節不明(02)となり、おそらく春(03)の次に、二度目の冬(今回)。夏と秋が飛んじゃってますが……。また次回以降で書けたらいいなあと思います。
そして、シリウスが偽者です……!すみません!! 2011/06/20
←
戻る
[ 5/8 ][*prev] [next#]