毒花繚乱 | ナノ


霞がかった視界のもやが少しずつ晴れてきて、白い天井が目に映る。


「…」


あれ、どういうことだ?
…ああ、そうだ思い出した。俺倒れたんだった、花宮とみょうじの純愛物語が原因で。何それ世界で一番反吐が出る。…それでザキたちが保健室に運んできてくれたわけか。そういえば一瞬だけ意識取り戻した気がする。とりあえず喉が渇いた。何か飲み物…


「ん…」


何か飲み物を、と思って体を起こそうとした時、投げ出されていた俺の左腕に何かが乗っかっていることに気づく。


「え」


思わず声が出る。しかしそれも仕方ない。だって俺の左腕に乗ってたのみょうじの頭だったから。え、なんで?なんで俺みょうじと同じベッドにいんの?なんで俺みょうじに腕枕してんの?意味わかんない。え?


「んー…」


みょうじが寝返りをうつ。いだだだ人の腕の上でぐりぐり回るな。


「…」


そういや花宮は?隣でまだ寝てんのか?カーテン閉まっててわからん。

…ああベッド2つだからか。ザキたちが考えあぐねた結果俺とみょうじを一緒に押し込んだ姿が目に浮かぶ。なるほどね、ベッド2つだから俺とみょうじこんなことになってたのね。あーハイハイ理解した。しかし腕枕させる必要は無かっただろ。これ絶対ザキ発案だよいいよ俺別に枕いらなかったよ。どうすんだこれ動けないぞ。


「…」


みょうじは猫のように人の体にすり寄り、すぅすぅと寝息をたてて丸まっている。…黙ってればそこそこ可愛いのに。黙らないからなぁ。

髪を梳いてみる。頬を人差し指でつついてみる。唇を親指の腹で押してみる。…ふーん。


「…おい」
「…あ、花宮」


声のした方に目を向けると、カーテンとカーテンの間に花宮の顔。なにしてんだお前。


「…なにしてんだお前」
「お前こそなにしてんだ」
「…」
「…みょうじがいて動けない」
「叩き起こせよ」
「…みょうじ、」


肩を揺らしてみる。


「んぅー」


しかし更にすり寄ってくるだけで、一向に起きる気配はない。


「…叩き起こせっつっただろ」


花宮はズカズカと近寄ってきてみょうじの体を乱暴に揺する。それに伴いみょうじの頭もぐりぐりと揺れる。


「ちょ、いだだだ花宮やめて俺が痛い」
「あ?」
「腕。筋やられる」
「いや何やってんだお前」
「腕枕」
「…」


そう回答した途端、先程からすこぶるご機嫌斜めである花宮の眉間の皺は一層深くなった。それから花宮は布団を引き剥がしてみょうじの頭をベチコンと引っ叩いた。


「おい起きろクソ女」
「…んやー」


寒いのか、みょうじは俺に埋まる勢いですり寄ってくる。


「嫌じゃねえ起きろ」
「…もーうるっさいなーなんなの人が気持ちよく寝てんのに!」
「古橋が迷惑すぎて死ぬっつってんぞ」


花宮、盛りすぎである。


「あんたがいると迷惑すぎて私が死ぬ」
「じゃあ死ね」
「お前が死ね」


もそりとみょうじが起き上がって俺の左腕はやっと解放される。あ、痺れる。じんじんじゅわじゅわする。


「あー…よく寝た」


首を回してバッキボッキ音を鳴らすみょうじ。あーあ目覚ました瞬間に可愛くないなこいつ。


「やーすっかりあったまっちゃって。喉渇いたわー。炬燵で寝た後みたい」


上履きを履き、寝ぼけ眼に紅潮した頬のままみょうじは保健室内を歩き回りだした。何を考えてんだか花宮は何も言わない。


「お、荷物取ってきてくれてんじゃーん。誰だろ原くんかな?」


自分の鞄と共にみょうじは戻ってくる。


「あー…今日はもう帰るかな、授業あと15分で終わるし」


アセロラジュース片手にみょうじは呟く。


「部活出ないのか?」
「え、今日から部活無いじゃんテスト前で」
「…あ」
「なーに言っちゃってんだよ古橋ぃー」


人の小さな間違いをいたずら顔で小さく喜びながらベッドの縁に座る。


「…起きないの?」
「起きる」
「…」
「…」
「…あ、腕痺れてる?」
「…少し」
「仕方ないな、ほら」


みょうじが手を差し出してくる。起こしてやる、という意味らしい。別に片腕でも起きられるが面倒だっただけで。しかし断ると「なんだお前私の手が握れないっていうのかよ」みたいな、ジャイアン的意見をいただくことになりそうなので、黙ってその小さい手を掴む。


「ふんっ」


ぐっと体を引っぱられる。


「アセロラジュース飲む?」
「ん、飲む」


みょうじからペットボトルを受けとり口をつける。あーちょっとぬるいけど潤うわ。


「古橋の腕枕よかったよ。また今度やって」
「え」
「え?」
「まかせてください」
「ありがと」


これ腕超痺れるんだけどな。みょうじの「え?」に頭より口が先に動いてしまい許可を出していた。…まあ、いいか。片腕以外は無事なわけだし。


「…おい」
「…あ」
「…あ」
「帰ったんじゃなかったの?」
「…」


あれ、青筋たてた花宮がまだ立ってた。ごめん花宮、俺もとっくに帰ったと思ってた。


「どうした花宮オーラの毒々しさがいつもの3割増しだよ」
「…テメェのバカ面見てると腹が立ってしょうがねんだよ」
「んだとゴラァ!!!じゃあ見んな帰れそっちこそ二度とその面見せんじゃねぇよ!!!!」
「…チッ」


花宮はどかどかと歩いていき、がさがさと自分の荷物をまとめてすごい勢いで保健室を出て行った。


バァンと花宮が勢いよく閉めていった引き戸式ドアが勢い余ってガァンと開く。


「…なんだアイツ!!なんであんな機嫌悪いの!?」
「…さぁ?俺が起きた時からまあまあ機嫌悪かったけど…今は相当キてたな」
「ほんっとムカつく!!!宇宙で一番腹立つ!!!!勝手に機嫌悪くして人に当たるなっつの!!!!!」
「…なんか思い通りにならないことがあったのかもな」
「なんでも思い通りにことが進むと思うなよバァカ!!!!!」


原因不明の花宮の異常な機嫌の悪さにみょうじも機嫌を損ね、もういない相手への怒りを爆発させてしばらく暴れていた。普段こんだけギャースギャース言っててよくあんな純愛演技できたな。…にしても、花宮なにがそんな気にくわなかったんだ…?難しいヤツだな。


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2013.01.12