毒花繚乱 | ナノ


どうも、霧崎第一高校バスケ部2年、古橋です。死んだ魚みたいな目がチャームポイントの古橋です。俺はたいていのことには動じない、ポーカーフェイスを崩さない、そんな男だと周りからは思われているし自分でもそう思っている。しかし、今目の前で起きている惨状に、流石に俺の能面も剥がれそうだ。
少し時を遡る。4限終了後、携帯のバイブが震えてメールが届いた。送り主はみょうじ。ああ、どうせ碌でもない内容なんだろうな、と顔には出さずにメールを開く。


"アセロラジュース買って来ないとギッタギタにすんぞ"


…全く、マネージャーがジャイアン、って…どうなんだろうね?あーあーウチの部はゲスネ夫とゲスイアンの連立政権だ。そりゃ目も死ぬっつの。そんなことを考えながらも顔には出さず、俺はアセロラジュースを購買で購入、無事みょうじの教室まで行って届けた。さあ帰ろう。花宮とみょうじが口を開く前にさあ帰ろう。


「花宮真くんとみょうじなまえさんはいらっしゃるかしら!!」


しかしそんな俺の行動を遮るように突然、アチョー夫人みたいな人が扉から花宮とみょうじをセットで指名した。おいなんてことしてくれてんだ。俺はもう少しで魔王の巣窟から無傷で生還出来たかもしれないのに。


「「…」」
「ああいらっしゃったわ!!ちょおっと来ていただけます!!」
「「…」」


がたり。何も言わず、花宮とみょうじが席を立つ。


「…じゃあ俺はもう教室にか」


がっしり。無言で伸びてきたみょうじの手に腕をがっしり掴まれる。


「私を花宮の野郎と二人にする気か…?」
「…夫人がいる」
「あんな胡散臭い団体のどこを信用すればいいんだ?え?」
「…お供します」
「よろしい」


みょうじはにっこり笑って腕を離した。ああサイアクだ。アチョー夫人と悪魔がニ体。何これ超サイアクだ。顔には出ないけど。


「…福沢先輩に、樋口先輩に、野口先輩、ですね」
「生徒会の先輩方が私たちに何の用です?」


え、この胡散臭い団体生徒会なの?どうなってんだこの学校バカじゃないのか。


「あーら私たちのことご存知なのね!?光栄だわー!!」
「ねぇねぇ君たち黄瀬涼太くんに会ったことある!?あっ、もしかして面識あったりして!!イヤァァァン!!!ね、サイン頼んでもいい!?」
「これこれお前たち、取り乱すんじゃあないよ。すみませんねぇ、この通り、樋口は面クイーン、野口は最近黄熱病にかかってしまってね。でも根はいい子たちなんですよ」
「「要件をどうぞ」」
「ああ、そうだったそうだった。どうも歳をとると世間話が楽しくってねぇ…。ここで話すのも何だ、生徒会室まで来て頂けますかな?」


俺たちは生徒会室まで連行される。こいつら何しでかしたんだ心当たりありすぎてわかんねー。っていうか俺いてもいいんだ?そっちサイド誰もつっこまないけど。


「改めて自己紹介といきましょう。私が会長の福沢です」
「副会長の樋口ですわ」
「会計兼黄瀬くん撫で回し隊隊長の野口です」
「庶務の首里城です」
「「「…」」」


俺たちは今、明らかに2人用のソファに、花宮、みょうじ、俺の順に座らされている。控えめに言っても狭い。

「…花宮です」
「…みょうじです」
「…」


花宮みょうじの不服そうな自己紹介には続かず黙っていたら直ぐに隣から頭を引っ叩かれた。俺は即座に口を開いた。


「古橋です」


…別に俺は呼ばれた訳じゃないんだけど。


「…まさか首里城さんに会えるとは思ってもみませんでした」
「メ・ンソーレ・首里城さん。学年不詳、性別不詳。その存在を見ることはほとんど出来ず都市伝説化された存在…」


ああ、だからあの人ジャージにニット帽にグラサンにマスクにヘリウム声だったのか。


「ははは、流石、よくご存知でいらっしゃる。ただ、それ以上のことはやはりご存じないみたいだね。…どうです?私どもの条件を飲んで頂ければ、この首里城についていくらでもお話しましょう」
「…条件?」
「…花宮くん、みょうじさん、次期生徒会会長、副会長になってはもらえないだろうか」


そして、冒頭に戻る。俺の能面は剥がれそうだ。必死にへばりついてるから剥がれないけど。


「「…」」


おい何ほざいてんだクソジジイ財布ん中ぶち込むぞそんなことしたらこの学校は学校じゃなくなるだろ。なんとか学校を保ったとしてもせいぜいスリザリンが限界だ。ちらりと横を盗み見る。二人して無表情。これ言ったらお前が言うなって言われるだろうが敢えて言う。お前ら何考えてんの?こいつらならアチョー夫人に呼び出された時点で、うぜえ失せろ、とか言いそうなのに大人しくひょこひょこついていきやがって。まさかこうなることを読んでて学校乗っ取る気満々とか?やめてくれよこれ以上何壊すんだよ×ジャパンでもそんな破壊しねーよ。


「…そう言って頂けて光栄です」
「恐縮です」
「「だが断る!!!」」
「そんなっ…どうして…!?」
「もちろん君たちがバスケ部なのは承知の上での推薦だよ!?バスケ部を辞めろなんて言わない!!ただ、その息のあったコンビプレーに霧崎第一の未来を託したいんだ…!!」
「お気持ちは嬉しいですが僕には少し荷が重すぎます」
「他に適任者が必ずいますよ」
「…先日バスケ部の練習風景を拝見させて頂きました。主将の花宮くんの素晴らしい指導・統率力、マネージャーのみょうじさんの女性だからといって物怖じしないその凛とした態度、そして何より花宮くんのみょうじさんへの信頼、みょうじさんの花宮くんを支えようと寄り添う気持ちをひしひしと感じました。適任者はお二人を置いて他にいません」


アチョー夫人と変態もうんうんと頷く。おいおいマジかこいつら目腐ってんぞ。花宮とみょうじが?信頼?寄り添う?俺の顔は依然ポーカーフェイスのままだが、顔以外の拒否反応が尋常じゃない。トリハダたつしなんかすげー汗出てくるし体震えてるし暑いのに寒いし。あれこれやばくね?俺死ぬんじゃね?


「…僕はまだまだ未熟です。みょうじさんは余裕のない僕のことを陰ながら一生懸命支えてくれます。部活動だけでもこれだけ手いっぱいの僕が会長になんてなろうものなら、僕よりもみょうじさんが倒れてしまいます。彼女は弱音を決して吐かない強い人ですから、きっと僕の知らないところで今以上の無理をしてしまうと思うんです」


花宮は心配そうにみょうじを見つめる。


「…無理をするのは花宮くんの方でしょ。…彼は天才だ天才だと言われていますから、実際こういった頼まれ事も多いんです。確かに彼は計り知れない才能を持っていると思います。…でも、それ以上に努力家なんです。彼が会長になれば間違いなくこの学校はより良くなると思います。きっと寝る間も惜しんで努力をしますから…。今は、バスケットに専念させてはもらえないでしょうか。彼、バスケが本当に好きなんです。それに私は…生徒会長の花宮くんよりも、バスケ部主将の花宮くんを支えていきたいんです」


みょうじは花宮に微笑みかける。


「…本当に惜しいねぇ、実に素晴らしい関係だ。…私には君たちを引き止める権利がない。こちらこそ突然申し訳なかったねぇ。ありがとう。…さあ、もう行きなさい」
「せっかく誘って頂いたのに申し訳ありません」
「でも、すごく嬉しかったです」


花宮とみょうじが立ち上がったので俺も必死に立つ。


「「失礼します」」
「…花宮くん、みょうじさん、」


花宮がドアに手をかけたところで再び呼び止められる。振り返ると、首里城さん以外が微笑んでいた。


「…末永く、お幸せに」


それを聞いて花宮とみょうじは照れたようにはにかんだ。今度こそ花宮がドアを開けて、花宮が生徒会室から出る。みょうじが出る。最後に俺が出てドアを閉める。…あぁもうだめだ気持ち悪い立ってられない吐く…

「…うぇ」
「「お゛ぇぇぇぇぇえぇぇぇ!!!!!!」」


やりすぎだ
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2012.12.21