花宮になったら、もっと運動が出来るようになるだとか、頭の回転が速くなるだとか、性格が悪くなるだとか。単純に、そんなことが起こったりするのか、と思ったりもした。しかし、詳しいことはよく分からんが、要は花宮の身体に俺の意識が入り込んでいるだけなので、花宮の身体を動かすよう一々指示を下しているのは俺のままらしい。運動に関しては良くなるどころか、慣れない身体で微調整がきかない。あと体格差の問題で色々と違和感を感じる。瀬戸や原には「お前もっと花宮ぶれよバカじゃねえの」とやんややんや言われるが、俺からすればお前らに俺の何が分かるんだと言いたい。みょうじは俺(気をつけろそいつは花宮だ)のこと連れ出してしまうし、気が気でないとはこのことを言うのだろうか。勿論、そんな状況下で、妖怪のことなど構ってる暇がなかったのである。 「構ってる暇がなかったのである。じゃねえよバカ」 「…何か質問あるか、みょうじ」 「質問も興味も無いけど文句はあるな?お前その顔でその発言あれだぞ、お前をICBMに括り付けたまま100万回発射して尚余りあるレベルで罪だからな」 「分かりづらい例えだな」 「100万回しねっつってんだよ」 「最早俺は何に対して怒られてるのか分からないのだが」 「やる事なす事全てだよバァカ、なんで君たち入れ替わってんの?なんで今吉さん連れてきてるの?なんで息してるの?ねえなんで?」 於部室。みょうじに、俺は、古橋康次郎として怒られていた。 どうして俺が怒られているのか、は今みょうじが話した通りだが、ではどうして俺が今怒られる状況に追い込まれているのか。 それは前回体育館にて、みょうじが俺(の皮を被った花宮)を連れ出したと同時に妖怪がやってきたのが元凶だ。そこで妖怪は俺と花宮が入れ替わっていることを見抜くや否や、大喜びで花宮たちにちょっかいを出しに行った。結果、みょうじにもバレた、と。 つまりこれは八つ当たり以外の何物でもないのである。理不尽極まりないな。今更だが。 「お前顔には出てねえけどそれ全部声に出てるからな」 「…やはり他人の身体は調整がききづらいな」 「悪いのは俺の身体じゃねえお前の頭だ」 「なんや君ら悪評と違って大分愉快なんやなあ」 「「不愉快極まりないです」」 「つーかこのクソ不愉快現象、今吉さんが原因じゃないですよね?」 「君ら今吉さんのことなんだと思ってん」 「つーか俺らの努力なんだったの、なんでこんな簡単にみょうじにバレてんの」 「それこそ今吉さんが原因だろう」 「いやそれに関してはお前が原因なんじゃねえのクソ古橋」 「いやそれに関しては古橋がどうこうする前に丸見えなんだよお前ら全員歯食いしばれ私に隠し事しようとしたその脳みそまとめて全部一回海へ沈めてやる」 「落ち着けみょうじ」 「なんでオメーは落ち着いてんだこの状況下で!!!意思ねえのか!!!」 バチコン、と花宮の頭が鳴る。みょうじはいとも簡単に花宮の顔をした俺を俺と認識し、ぶん殴った。 「オイクソ女、その頭は俺んだあんま簡単に殴んじゃねえ」 「尚更殴るわ」 「俺を痛めつけたいならそっちの頭殴った方が早いんじゃないか」 「ざけんななんで俺がお前らの言い合いに巻き込まれなきゃいけねえんだよそんなに殴りたきゃ原でも殴ってろ」 「ウソでしょここで俺なの?」 「おいこらクソ宮元はと言えばお前らが入れ替わるとかいうクソ愉快なことしでかしたのが原因でしょうが無関係面してんじゃねえぞ」 「なんで君ら殴らないっちゅー選択肢無いん?」 俺と花宮が入れ替わろうが入れ替わらまいが、ここに雁首揃えている面子は同じ。多少の違和感はあれど、会話はいつも通りのスピード感で進んでいく。しかし、妖怪が緩いツッコミをかましてきたところで、俺たちは示し合わせたように口を噤んだ。一瞬の無音が、部室内を包む。そして次の瞬間。 「っつかなんでアンタ当たり前のようにウチにいんだよ」 「全然馴染めてないんですけどー」 「帰れ妖怪これ以上人間界を荒らすな」 「不愉快だな」 「ワハハめっちゃ言うやん君ら、方向性はちょっとアレやけどそれなりにええチームやな。ま、ワシも暇やないし今日んとこは帰るわ。あ、花宮の元先輩からのアドバイスやけどな、人格が入れ替わった場合、戻る方向は昔っから大体一緒でな、衝撃を与えることや。同時に階段から転げ落ちるとか、雷に打たれる、とかな。ほなバイビー!」 妖怪は胡散臭いキツネ目の下に胡散臭い笑みを浮かべ、ブンブンと手を振り回しながら部室を出て行った。結局奴は何をしにわざわざウチまで来たのか。皆目見当もつかない。 妖怪が部室の扉を閉めてから一呼吸置いて、ぱちこんという乾いた音が小さく弾けた。口を開いたのは原である。 「…ふーん、衝撃、ね。なんだ、それならウチの得意分野じゃんね」 「アイツの戯言に耳貸してんじゃねえぞ」 「みょうじ、俺は花宮と一緒に階段を転げ落ちるなんてご免だぞ」 「誰もそんなおぞましい現場見たくねえよ。…でもまあものは試しって言うじゃない、ねえ原くん」 「ねえみょうじさん」 「付き合ってらんねえ俺は帰る」 「どこに?」 「…せ」 「俺ん家はダメだよ。兄貴いるから」 「クソが」 「ごめんね」 「そうだ原くんちょっと、」 「?なーに」 花宮は一人になりたそうだった。それもそうだろう、いかんせんあいつは繊細だ。対して瀬戸は眼前の光景に既に興味を失っていた。それもそうだろう、いかんせんあいつは柔軟な上他人に対して興味が無い。最早この状況に順応してしまったのだろう。そして原はというと、機嫌が良さそうだった。それもそうだろう、いかんせんあいつは楽しいことを好き好む中身のない奴だ。他人の不幸が楽しくてたまらないのだろう。そんな空っぽの原をみょうじはいつもの調子で手招きした。みょうじは、特に表情という表情は浮かべていなかった。強いて言うなら、真面目そうな、だろうか。 みょうじは、原を自分の正面まで呼び寄せた後、近くの手頃なロッカーの扉を開けた。中にはザキが入っていた。 「…あ、コンニチハ」 「いや何してんのお前」 「やっと目を…覚ましたかーい!!!!!」 そして原とザキが対面した直後、みょうじは原の尻を蹴り飛ばした。原は、ほんの一瞬地面から浮いた後、それはまるでロッカーに吸込されるかのようにあの至近距離を飛んで行った。あちゃあ、と瀬戸は小さく呟き、それからだるそうに立ち上がった。みょうじは、強いて言うなら真面目そうな表情で瀬戸に視線を送った。それに応じるように、瀬戸が頷く。 「「痛ってー…」」 「はい、君の名は?」 「「は?」」 「君の名は」 「原ちゃんです」 「山崎弘」 「…」 「「あり?」」 「…」 「もしかして?」 「俺たち?」 「「入れ替わってる??」」 /20180202 |