毒花繚乱 | ナノ


顔で人を判断するなんて、人としてどうかしてる。そんな綺麗事が一般論として囁かれる一方で、顔はなんだかんだそいつの人間性を表している節がある。これがまた一般論であるのも、事実である。


「…ねえ瀬戸くん、」


やけに大人しい古橋と、変に仕事をしていない花宮を視界に映しながら、隣に立つみょうじがあまり抑揚を付けずに俺の名前を呼んだ。


「どうしたの」
「…瀬戸くんは、今日なんか違和感、感じない?」
「…なにに?」


何も知らない体で、みょうじの方へ顔を向ければ、ガコンと聞き慣れた音が聞こえた。ちらりとコートの方へ視線だけ寄越せばそれは古橋がシュートを外して、ボールがゴールリングから跳ねっ返った音であった。


「…例えば、今の古橋のシュートの外し方、とか」
「…」
「というか、古橋ってそもそもああいう顔だったっけ」
「…どういう意味?」
「なんか顔見てるだけで腹立つ、昨日まで別にそんなことなかったんだけどな」
「…」


みょうじは、腕を組み、古橋を睨むように見つめながらそう言った。なんと、こいつは頭でも心でも感じ始めているらしい、あの古橋は古橋ではない、ということに。


「みょうじ、」
「…」


そしてそこに、花宮がやってきた。花宮は何の躊躇も悪意もなくみょうじの名前を呼び、みょうじの目を見て、このあとの練習について相談したい、なんて安易な発言をかましてきた。


「…アンタ、変なものでも食べたの」
「?今日の昼は焼き魚定食を食べたが」
「いや聞いてねーよお前の昼飯は。いつにも増して気色悪いなっつってんの」
「気色悪い…?人がキャプテンとして真面目に相談持ちかけているのに対しての回答が気色悪い…?」
「普段息を吐くように罵詈雑言浴びせてくる奴がなんで今更そんなことに疑問抱いてんだよ、本格的にどうしたお前」
「分からない…俺って普段どんなだったっけ」
「は?帰れ」


花宮は殆ど表情を変えることなくぺらぺらと喋る。そしてその内容は、ただの古橋であった。受け答えが古橋。こいつ、「花宮」という名前と「キャプテン」という役職こそ守っているものの、その他はひとっつも花宮に寄せていない。寄せる気すら無い。死ね。「なんだこいつ、やりづらい…」と頭を抱えるみょうじ、をじっと見下ろす花宮、を見て俺は後退りをする。この雰囲気を、俺は知っていた。かつての古橋が、よく醸し出していた、この。
待て、早まるな花宮。


「…はぁ、…っ!?」


みょうじが一度顔を上げて花宮を視界に映し、溜め息をついた、直後のことである。花宮は、自らの左手のひらを、みょうじの口許に素早く添えた。右手は、まるで抱き寄せるように、みょうじの肩に添えられていた。


「溜め息は幸せ逃げるらしいぞ」
「…」


ハーイ、アウトーーーー絵面も行動も俺たちのメンタルもアウトーーーー何もかもアウトーーーーお疲れ様でしたーーーー。
そして、昇天しかけた俺の意識に畳み掛けるように、豪速球が花宮目掛けて飛んで来た。考える余地もなく、その一発でメジャー行きが決まりそうなボールを投げたのは、ご存知古橋投手である。
え、バスケットボールって、あんな速度出ていいモンなの?なんなの?そんでなんで花宮は今の球避けられるの?不死身なの?


「…すまん手元が狂ってボールすっぽ抜けた」
「いやすっぽ抜けたどころの騒ぎじゃねえだろ今の、どうした古橋今日おかしいぞ」
「花宮、お前今日反吐が出るほど気持ち悪いぞどうした、離れろみょうじから」
「うっわそうだった気持ち悪、なにすんだお前オエェ」
「みょうじは今日俺に対してちょっと酷い気がする、どうした、俺何かしたか」
「何かした側から何言ってんだ殺すぞ」
「…ああ、俺は今俺だから問答無用でこんなに敵意むき出しにされてるのか、妬けるな、と言おうかと思ったがそうでもないな、ドンマイ俺」
「今回に限っては問答無用でも何でもねえしお前固有名詞避ければ何言ってもいい訳じゃねえからな殺すぞ」
「お前ら二人とも何言ってんだか分かんねえよ殺すぞ」
「…あ、バァカ」
「バァカの言い所見つけたみたいな顔してんじゃねえ、バァカって言っとけば良いんだろみたいな考えが気に食わねえ殺す」
「え?じゃあ俺のアイデンティティはあと何になる?みょうじと波長を合わせた喧嘩?あ、眉毛?」
「殺す」
「瀬戸くん、今日の練習はもう切り上げよう。そんで一応こいつ、頭でも切り開いてメンテナンスしてみてもらえる?マジで更生の見込みゼロだったら粗大ゴミとして出しといて。はいじゃあ解散、それから古橋は話があるからちょっとついてきて」


…おいおい待て待て。話を黙って聞いていればなんだ。どうしてみょうじに古橋が連れていかれることになるんだ、だってそいつ古橋じゃなくて花宮だぞ。…とは言えないが、しかし。クソ宮くんが不在であれば、花宮くんがきっとみょうじにバレないよううまいこと古橋のフリしてごまかしてくれるだろう。
問題はこのクソ宮くんである。こいつ、死んだオタマジャクシみたいな眉毛に死んだ魚みたいな目しやがって、一体どれだけ身内にキズを叩き込めば気が済むというのか。


「瀬戸くん僕も手伝うよ、クソ宮のメンテナンス」
「ありがとう原くん、二人で力を合わせてこのクソ宮くんを更生させようもう手遅れかもしれないが」
「もう手遅れかもしれないけどね」
「おいみょうじ、話ってなんだ」
「体育館じゃアレだから部室で話す」
「まさかみょうじ、その話って、古橋くんへの告白じゃないだろうな、そいつにその気は無いぞやめとけ」
「ウワァ大変だ、クソ宮くんが酷いバグを起こしてる、殴れば治るかな、ねえ瀬戸くんどう思う?」
「取り敢えず殴ってみればいいんじゃない」


みょうじについては、花宮に託す。ならば、俺と原の役目は決まっていた。
みょうじが古橋の腕を引いて行くのを尻目に、俺と原は手の関節という関節を鳴らした。そしてみょうじが古橋と共に体育館を出て行くと同時に身体中のチャクラを右手に集め殴


「あっスマン、本能寺の変なうやった?」


…りかけたところに、嫌な声色が鼓膜を揺らし、反射的にこぶしをぴたりと止める。クソ宮くんの胸ぐらを掴んだまま振り返れば、みょうじたちが出て行った扉とは反対方向の扉前に、妖怪が立っていた。
…エッ妖怪?


「はーなーみーやー!お前、チームに明智光秀何体抱えとるん、大変やなあワハハハ」
「…いや僕花宮じゃないですね」
「せやろなあそんな気してたわ」


クソ宮くんが胸ぐらを掴まれたままのそう答えれば、妖怪は何の疑問も疑いもなくそれを受け入れる言葉を吐いた。


「…ねえ瀬戸くん、僕あの妖怪が元凶な気がする」


クソ宮くんの胸ぐらを掴んだまま、原が呟いた。

俺たちの周りの将軍共は、ホトトギスの鳴かせ方にバリエーションを感じさせるタイプではなく、ホトトギスの殺し方にバリエーションを感じさせるタイプらしい。全員「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」タイプ。そりゃ明智光秀足んねえわ。
あーあもう知らね。


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20171207