あーあ、原の奴、昼に自販機行くって言ったっきり結局帰って来なかったな。ま、別に何でもいいんだけどよ。どうせ部活は来るんだろうし。 「…」 そんなことを考えながら放課後、いつものように部室の扉を開けた。瞬間、見慣れた奴らの目玉が一斉に俺を捉えた。おうおうなんだなんだ。 「…」 かと思えば、全員何も言わず俺から視線を逸らした。おい今の流れ、分かるぞ。「なんだお前か」って、漏れなく全員思っただろオイ。 「あ、そうだ古橋ちょっと」 「なんだ」 そして何事も無かったかのようにみょうじは古橋を呼んだ。しかし、ケッ、なんだよなんだよ、と思う前に、ふと違和感を感じた。あれ、今返事した声、花宮じゃなかったか? どうやらこの違和感を感じたのは俺だけではなかったらしく、みょうじをはじめとした沢山の視線を花宮は集めていた。だよね今花宮返事したよね? 「…どうした、みょうじ、俺に用があるんじゃなかったのか」 「…いや、やっぱ何でもないです」 あれだけ視線を集めても一切動じなかった花宮(俺への当てつけかチキショー)。そしてそのまるで時間が止まってしまったかのような空間を動かすように、当の古橋が口を開いた。しかしみょうじは一呼吸置いて、自ら持ちかけた話を沈めた。あーね、話しかけた瞬間何話したかったか忘れること、よくあるよくある。 「…まあいいや。私先体育館行ってるから、あんたたちももさもさしてないでさっさと着替えてとっとと体育館来てね、よろしく」 みょうじはくるりと背中を此方に向け、視線とその言葉だけ残し、ぱたりと部室を出て行った。沈黙が、部室内を包…んだ矢先。 「こんのバァァァァァカ!!!!!」 聞きなれない怒号と共に、ベチコンという音が響き渡った。え、ちょ、何? 「落ち着け古橋くん」 「お前がやるっつったんだろ!!!!お前は今俺なんだよ!!!!」 めちゃくちゃにキレた古橋が、花宮の頭をおもっくそ引っぱたいた後掴みかかっていた。えっ何?なんで? 「…ねえ、騒がしいんだけど何かあったの?」 「あっみょうじ」 「何もない、気にするなみょうじ」 「みょうじさんボクたち一応年頃の男の子だからさ、ノックしてね一応、30回くらいしてくれるとウレシー」 みょうじが出て行った直後のこのどんちゃん騒ぎは、みょうじの耳にも届いたのであろう、不審な顔をしてみょうじが戻ってきた。しかしそのどんちゃん現場を塞ぐように、瞬時に肩を組んだ瀬戸と原が扉前に立った。高い壁である。 「いや絶対何かあったでしょ、心なしか古橋の叫び声が聞こえた」 「いやいやいやいや、古橋が叫ぶわけないでしょ。そんなのみょうじが一番分かってるでしょ」 「いやでもあの声絶対古橋だよ」 「違うよ古橋じゃないよ。ねえ古橋くん」 「ああ。俺は声を荒げるような真似はしないな」 「ほら古橋本人が違うって言ってるし。みょうじ疲れてるんじゃない?今日は早退したら?無理しない方がいいよ」 「ああそうか、私疲れてんのか。うーん、いや帰りはしないけどさ。あとで古橋マッサージ頼むか」 「エッ」 「え?」 「ダヨネー古橋マッサージでリフレッシュするといいヨネー。んじゃあボクたち今度こそ着替えるので、また後ほど」 「ああ、うん」 再び、みょうじはぱたりと扉を閉めた。沈黙が広がる。今度は、誰も何も言わない。そればかりか、古橋と瀬戸、原がそれぞれ頭を抱えている。 「…ねえもうゲロっちゃったら?原くん早くも限界見えてます」 「いや、案外いけそうじゃないか、これ」 「殺すぞテメェ」 「今俺を殺したら、死ぬのは俺の魂と花宮の肉体、ということになるのだろうか。ああでも社会的に死ぬのは花宮だな」 「取り敢えず思った以上に古橋がクソなのと、思った以上に俺たちの出る幕が多そうなのは理解した」 「見積もりが甘かったな、瀬戸」 「殺すぞテメェ」 「取り敢えずみょうじの言う通り早く着替えて練習行こう、怒られるぞ」 「俺たちの知ってる花宮はそんな進んでみょうじの尻に敷かれに行ったりしない」 「しかし今は俺が花宮だ」 「おいやめろその顔腹立つ」 「おい原その顔自体は俺のだ文句あるか」 「あっゴメン」 …え、待て、落ち着け俺。俺が奴らの会話に付いてけないなんて日常茶飯事じゃねえか。どうせ聞いたところで気にすんなって言われるのがオチだ、そういうシナリオなんだよ。もういいあいつらは頼れねえ、俺には俺しかいない。俺なりに分析をしてみようじゃねえか。そう奮起し、シャツを脱ぎ捨てつつ奴らをじっと見回す。 瀬戸、頭を抱えている、眠そう。原、頭を抱えている、バカそう。古橋、機嫌が悪そう。そして花宮、目が死んでいる。ふむ。 「…俺、先体育館行ってるな」 そう告げたものの、誰も此方に反応しない。まあしかし、それも仕方のないことだろう。見たところ、一番様子がおかしいのは、花宮と古橋だ。俺が思うに、これはきっと…みょうじに何かあったに違いない。 しっかしあいつらもバカだな。頭の良い奴らはこういう時になるとてんでダメだ。大事な奴に何かあった時は、考えるよりも先に側にいてやることか大事だろ、何やってんだよ。まあ、その辺は俺がさりげなくフォロー入れといてやるけどな。ふっ。 「…なにニヤついてんの、気持ち悪いな」 「みょうじ…、お前、何だかんだ愛されてるよな。つーかこのチーム、何だかんだ良いチームだよな」 「は?なに言ってんだお前殺すぞ」 * * * 20171019 |