ぱちこん。生徒たちの声やら何やらでざわめく昼休みの霧崎第一高校2年教室前廊下。其処で人知れずそんな乾いた音が響いた。俺の口元で膨らんでいた風船ガムが破裂した音である。 「…」 ずんずんと、眉間に皺を寄せた古橋康次郎が、向こう側から歩いてくる。眉間に皺を寄せた古橋が、である。古橋が、眉間に皺を寄せているのである。エッ。 「オイ原、俺を知らねえか」 「は?」 「俺」 「えっなに古橋くん、母さん助けて詐欺?」 「…チッ」 古橋は俺を視界に捉えるや否や、訳の分からないことを言い出した。「俺を知らないか」?なに、俺って失った能面のこと言ってんの?っつかこいつ舌打ちしたよね今?お前舌打ちする側だっけされる側じゃなかったっけ? そんな時、がらりと教室の扉が開いた。どこの教室の扉かというと、花宮とみょうじと瀬戸のいるクラスの教室の扉である。 「…あ、俺だ」 「…」 そして、中から花宮が出てきた。表情も無ければ生気も無い、言うなれば死んだ魚のような目をした花宮が、出てきた。そんな花宮は、古橋を見るなり奇妙なことを呟いた。は? 「…」 「…」 それから花宮と古橋は見つめ合う。その向こう側で再び教室の扉が開き、寝ぼけ眼の瀬戸が出てきた。ちょ、ヘルプ。瀬戸くんヘルプ。何これヘルプ。 「もしかして…」 「俺たち…」 「「入れ替わってる…?」」 突然眼前で繰り広げられた光景に、花宮と古橋の向こう側の瀬戸が「は?」という顔をしている。ダヨネーIQ160でも意味分かんないヨネー。そりゃあボクにも分かんないヨネー。 しかし流石はIQ160。瀬戸は自らの頭をがしがしと掻いた後、一呼吸置いて口を開いた。 「…君の名は」 「古橋くんです」 そしてその瀬戸の問いに、能面みたいな表情の花宮は答えた。は、なにお前、古橋くんなの?いやどう見ても花宮くんでしょ。 「古橋のモノマネじゃなくて?えっ大丈夫すげえ似てる。だって目死んでるすげえ死んでる」 「誰がんなくだらねえマネするかよ」 瀬戸は真顔で花宮をたしなめるが、間髪入れずに古橋が口を挟んだ。俺も瀬戸も花宮も、奴の方へ首を回す。古橋は機嫌が悪そうだった。 「…なあ、一応聞くけど、君の名は?」 「…花宮だよ」 * 「…で、なんで君たちそんな使い古されたネタみたいなことやってんの?」 午後の授業時間、俺たち4人は臨時会議の為部室に身を寄せていた。瀬戸は呆れ顔で、花宮古橋に視線を送る。 「ネタじゃねえよ」 「自分の身体に戻りたい」 「などと供述しておりますが瀬戸くんどう思います?」 「知るかよ」 花宮と古橋が本当に入れ替わっているのか、それともタチの悪いネタを仕込んできたのか何なのか。そんなこと俺にも瀬戸にも分かりようが無かった。ただまあ、今後の身の振り方としてはそれなりに手を打たないとマズい訳で、詰まるところみょうじにどうごまかすの?って話である。 「…うん分かった、じゃあ君たちは入れ替わっているということにしよう。それで、午後の授業は良いとして、部活どうするの?古橋がキャプテンで、花宮がみょうじの右腕ポジ演じるの?」 「は?」 古橋、もとい花宮は「ふざけんな」という顔を瀬戸に向ける。すげえ、古橋ってこんな表情できるんだ。 「それか、僕たち入れ替わったのでそこんとこヨロシクって素直にみょうじに言う?普通に考えてその二択じゃない?」 冷静な瀬戸の言葉に、古橋、もとい花宮は「ぐぬぬ…」と唇を噛んだ。いやすげえな花宮。古橋の表情筋乗りこなしてんじゃん。 「よし古橋くん、前者でいこう」 しかし苦虫を噛み潰したような古橋もとい花宮に対して、何を考えたのか花宮、もとい古橋は花宮を演じる気満々のようである。その能面のような面を、古橋もとい花宮に向けた。いやお前さっき自分の身体に戻りたいっつってなかったっけ。っつかモトイって言い過ぎてよく分かんなくなってきた。あれ、結局なんなんだこいつら。誰だこいつら。 「は?」 「みょうじはあれで鈍いからな。大丈夫だろう」 「…お前、余計なことすんなよ」 「俺がいつ余計なことをした?」 「毎日余計なことしかしねえだろうかテメェは!!!」 「古橋くんはそんなに声を荒げたりしないぞ、バァカ」 「おい花宮くん、バァカに覇気がねえぞ本当に大丈夫かお前ら」 花宮もとい古橋…もとい花宮?と、古橋もとい花宮もとい…古橋、?という方針で行くことに決まりそうだが、瀬戸の言う通り、こいつら中身がだだ漏れである。まあぶっちゃけ好きにしてくれって感じなんだけどね、俺に被害がこないんなら。 「んじゃあ取り敢えず、俺らは花宮もとい古橋もとい花宮のことを花宮として花宮と呼んで、古橋もとい花宮もとい古橋のことを古橋として古橋と呼べばいい訳ね」 「は?お前なに言ってんの?」 「いやいやIQ160頑張れよ瀬戸=モトイ=健太郎くん」 「もといをミドルネームみたいに使うな」 「要するに見たまんまの名前呼べばいいんでしょ」 「あー、まあ…そうだな。俺たちはお前らの事情は知らなかったことにして今日の部活を過ごそう。必要があればフォロー入れるよ」 「なんのフォローを入れるって?」 「あっみょうじ」 そう話がまとまりかけたところで、エネミーみょうじが部室に姿を現した。心なしか空気が引き締まるようだった。 「は、早いねみょうじ」 「何言ってんのあんたたちのが早いでしょうが、珍しい」 みょうじは疑いの目を俺たちへ向けた。ちょ、早くも不審がられてるんですけど。大丈夫なのこれ。もう俺知らないからね。俺何も知らないからね。 人間なんてみんな自分にしか興味ない * * * 20171012 |