それは合宿2日目の朝のことだった。朝飯に古橋のつくった質素な味噌汁を啜っていると、花宮から「お前らこのあと話があるから集まれ」と声がかかった。そしてその話の内容はというと、つまりはウォールマリア(ウチで言うみょうじ)奪還作戦であった。調査兵団・ハナミヤ班の出動という訳だ。 そんな経緯で俺たちは敵地にやってきた訳だが、原がいつもの軽いノリで名乗ったところで、なんということでしょうか。巨人の出現です。 「ヒネリ潰す」 「うおぉ巨人だ、駆逐しなきゃ」 「バッカお前、あれはニンゲンの紫原さんだ」 原はそう言うが、眼前のデカブツはどう見ても駆逐対象の巨人。本能で身構える。息を深く吐き出し、周囲を見渡す。すると、幸運なことに巨人の向こう側にみょうじを見つけた。 「みょうじ!!チャンスだ!!うなじを狙え!!!」 「すみません紫原さん、ウチのバカが」 そう言って原は慣れた手つきで俺の頭をひっぱたいた。ひっぱたかれた頭を押さえつつ後ろを振り返ると、花宮も古橋も目を合わせてくれなかった。瀬戸は寝ていた。 「ヒネリ潰す」 「アツシ落ち着いて、彼らとは俺が話そう」 すると巨人が俺たちに危害を加えるのを左手で制止するように差し出しながら、渦中の優男が出てきた。酷く挑戦的な目つきをしていた。 「…室ちん、悪いけど俺今ムシの居所が悪」 「アツシ、気持ちは分かるよ。でもね、」 そんな会話の向こう側で「何が気持ちは分かるだよ、諸悪の根源お前だろ」とみょうじが毒づいていた。元気そうでなによりだ。 そしてそんな都合の悪い発言、あの優男には聞こえないらしい。「でもね」に続けて奴は楽しそうに言った。「喧嘩慣れしてるのは俺の方だよ」と。どうやらみょうじを取り返すにはあの優男相手に喧嘩をすればいいらしい。上等じゃねーかコノヤロー。 「あんだ優男やる気あんじゃねーか、コート入れよ相手してやる」 「あのねザキ、コートは土俵じゃねーから。お前俺たちがコート内でしか色々やんないの相撲か何かと勘違いしてる?相撲部行く?」 「ウチ相撲部ねーよ」 「ハーうるさ」 そう言って原はまた慣れた手つきで俺の頭をひっぱたいた。花宮が溜め息を吐いた。何に対する溜め息だろうか、俺だろうか。 それから原が再び口を開いた。今回は計画通り原が主体らしい。 「なに?俺はバスケでもいいよ」 「僕たちアンタ相手に別に喧嘩しに来た訳じゃないんですよ」 「ねー室ちん早くしてくんない」 「平たく言えば、ムロチンさん、ウチのバカチン差し出すんでそこのギロチン女返してくれませんかね」 一瞬の間が場を包んだ。それは、各々が今の原の言葉に対し、何かを感じ考えた時間であろう。勿論、俺も例外ではない。 「…え?今バカチン差し出す必要あった?」 「一石二鳥的な」 「どこが一石二鳥?みょうじ回収ついでにバカ一掃ってこと?だとしたらお前も似たようなモンだからな、お前俺が居なくなったらウチのバカチンお前になんだからな」 「大層なボトムアップじゃん」 「どーでもいいけど、アンタらこいつ返してほしいんでしょ?全然回収してくれて構わないから。室ちん、解決したよ、俺お菓子買って来る」 「待ってアツシ、まだ解決はしていない」 「室ちんめんどくさ」 「なまえは渡せないな」 「まあ確かにみょうじとザキじゃあ等価交換にはならねえか、俺の身体もってかれちまうわ」 「原お前いのちは平等って小学校で習わなかった?」 この空間には俺の他に、どうしてもみょうじを渡したくないムロチンと、みょうじをさっさと回収して欲しい巨人、みょうじを返してほしいのか俺を苛めたいのかイマイチ判断のつかない原に、我関せずな花宮、瀬戸、古橋、そしてみょうじがいる。 いやもうなんなんだよ。なんで張本人が我関せずグループに入ってんだよ。これ誰の為のなんなんだよ。最終目的が分かんねえよ。 「んじゃあムロチンさん、今ならバカチンにセットでニブチンも付けますけど」 「?何故俺を見る」 「いやニブチンっつたらお前しかいねーだろ自覚ないんかい古橋くんさあ」 「鈍い?俺が?心外だな」 「んなこと言ったら俺がバカなのも心外だわ」 「鈍いで言ったら俺よりも寧ろ…そうだな、花宮とか」 「は?」 「古橋くーんお前そういうとこだからな、俺お前のそういうとこマジで嫌いだから」 「それとみょうじもわりかし鈍いと俺は思う」 「あ?今なんつった古橋?」 「そういうの平気でベラベラ喋るところが鈍いっつってんだよこんのニブチンが」 「?そういうのを平気でベラベラ喋るのがウチのアイデンティティじゃないのか」 「すんませんムロチンさーん、ウチのニブチンとバカチン引き取ってくれません?俺もう無理だわ」 「なまえもセットならば喜んでウチで面倒を見よう」 「んじゃあそれで」 「OK交渉成立だね」 花宮、終わった。そう振り返る原に花宮は「本末転倒だろバァカ」と吐き捨てた。俺もそう思う。全く、原はいつも考えが安易でツメが甘い。 それから、花宮が不機嫌そうに前に出た。花宮とムロチンが対峙する。つい最近見た構図である。瀬戸がいそいそと防寒具を身に付け始める。原も当たり前のように防寒具を身に付ける。古橋は能面のような表情で防寒具を身に付けた。なんでだ、意味が分からない。 「最初から君が出てくればいいのに」 「うるせえこっちにはこっちの計算があるんだよ」 ムロチンはまた一つ、表情の色を落として呟いた。花宮は今回、最初から悪童花宮のようである。 嘗て、原はこの合宿に対し「行きと帰りじゃあ部員の人数が変わっているかもしれない」と言った。それがまさか現実味を帯びることになろうとは。 我々人類が真の自由を手に入れる日は果たしてくるのだろうか。それは俺たち次第である、と言いたいところだが、少なくとも俺にはどうにもできないのである。 しぼりたて生命 * * * 20170725 |