毒花繚乱 | ナノ


赤ちんに峰ちん。ミドチンに、最近ではまさ子ちん。俺の周りには何かと言ったらエラソーな奴が多い。そして、この。


「…」
「…」


あの顔で手段を選ばないと定評のある室ちんが連れてきた、この子もなんだかエラソー。無愛想な、細っこい女の子。え、なにこれなんか俺のこと睨んでね?


「…室ちん、この子だれ、なに」


合宿中、練習が行われるという体育館に向かう道中で、上機嫌に指先でくるくるとバスケットボールを回している室ちんに俺は尋ねる。そんなにバスケが好きかよ、と言いたいところだが、上機嫌の理由、今回はそれだけではなさそうだ。


「その子はなまえだよ」
「…なんでいるの」
「俺が連れてきたからね」
「…室ちんウザー、そういうこと聞いてんじゃねーから」


相変わらずというか何というか、機嫌のいい室ちんはメンドくさい。機嫌悪い室ちんもメンドくさいけど。っていうか室ちんってメンドくさい。
合宿初日の昨日、午前の外練習が終わったところで、気付けば室ちんは消えていた。それはもう黒ちんの如く。かと思えば今日になってふらりと帰って来て、このザマ。俺が連れてきたなまえだよ、じゃねーし全然分かんねーし。
あーあ、と天を仰ぐ。それから、もう一度渦中の黒髪に一瞥をくれる。すると、室ちんの説明する気の無さに見兼ねたのか何なのか、眼下の女の子は口を開いた。


「そこの男に人身売買されてきました、どうもみょうじと申します、…紫原さん」


紫原さん。俺に向かって彼女ははっきり、「ムラサキバラサン」と言った。どうやらこの子は俺を知っている。けれども勿論、俺はこの子を知らない。…え、なに、人身売買中に室ちんが俺について入れ知恵したとかなの?は?なんなの?
  

「…アツシにはちょっと難しかったかな」
「いやどう考えてもお前の説明不足だろ」


俺の表情を見るなり、申し訳なさそうに眉尻を下げる室ちんに、黒髪は間髪入れずにツッコんだ。どうやら口が悪いらしい。


「人身売買ってことはなに、俺にくれるのこの子?食べていいの?」
「いや発想おかしいだろ、おい氷室、お前普段こいつにどんな教育してんだ」


すると、その口の悪さが今度は間髪入れず俺に飛び火した。勿論カチンとくる。なんだこいつ。まさ子ちんよりよっぽどタチ悪いじゃん。


「…はぁ?見ず知らずの女にコイツとか言われる筋合いないんですけどー」
「おいデカブツ敬語使えよ、躾けがなってねえな」
「いやなんでお前に敬語使わなきゃいけねーんだし、ってかそもそも室ちんに躾けられる筋合いもねーし、なんなの調子乗ってるとまじで食うよ?」
「こらこら食べちゃだめだよアツシ、なまえはCCGの喰種捜査官なんだから」
「えっまじ?…ふん、クインケにでもしてみろよ、やれるもんならね」
「いやうっざ、秋田のノリうっざ」
「俺数ヵ月前まで東京ですぅー」
「俺はアメリカだよ?なまえ知ってるだろ?」
「おう氷室、流石うっざいお前が教育しただけあるな、紫原がこんなにもうっざいとは」
「はぁ?ヒネリ潰すよ?」
「ああん?叩き割るぞ?」
「よかった、なまえならアツシともすぐに打ち解けてくれると思ってたんだ」
「いやこれどう見ても全然打ち解けてないでしょ、室ちん目ぇ節穴すぎね?」


何これ何この状況意味分かんない。加えてこの状況で室ちんがニコニコ笑ってんのまじムカつくし、結局室ちんが連れてきた女が何なのか分かんねー上にまじムカつくし。
今まであんまり気にしてなかったけど、さっちんっていい子だったんだな。


「盛り上がってきたところで発表したいんだけど、なまえには霧崎第一改め陽泉のマネージャーを務めてもらおうと思う」
「よろしく」
「…はぁ?」


大して楽しくもなかった中学時代を柄にもなく懐かしんでいると、室ちんは突然トンデモ発言をかましてきた。
こいつが?うちの?マネージャー?
いや無理でしょ。


「…来て早々悪いけどこいつクビ」
「…どうして?なまえはすごいよ、もしかしたら桐皇の桃井以上かも」
「いやねーわ。大体こんなの入れて何のメリットがあんの。百害あって一利なしでしょ」
「よーし氷室、陽泉マネージャーとしてまずは経費削減から取り掛かろうと思う、特に食費」
「フゥ、相変わらずなまえは容赦がないな」
「いやフゥじゃねーし、何やれやれみたいな顔してんの室ちん?え、なにもう二人まとめてヒネリ潰していい?」


室ちんにどんな目的があるのかとか知らないけど、流石にこれは手段選ばなすぎじゃね。
すごい、こんなにイライラするの久しぶりだ。もし本当にこの女がうちのバスケ部に入るのだとしたら、もう俺がバスケ部を辞める。別にバスケに思い入れも拘りもねーし。スポーツ特待?知らねーわそんなん。何、バレー部でも入っとけばいい?


「…室ちん、俺もうバス」
「なまえ、」


俺もうバスケ部辞める。そう言いかけたのを室ちんがアイツの名前を口にするのに遮られる。最早それだけでイラつく。
ただ、室ちんが先程までよりも少し声のトーンを落としたのに気づけるくらいにはまだ冷静さが残っていた。

それは、丁度目的地の体育館を目の前にした頃の出来事だった。
室ちんは少し間を置いて「…お客さんだ」と言った。女はただでさえ可愛げのない目つきをより鋭くさせた。そして、二人の視線の先には体育館前を塞ぐ集団が立っている。と、いうことは、よく分からんけどあれもこいつの関係者軍か。
…全く、次から次へと。


「ドモー、霧崎第一でーす」


関係者軍のうちのやたら前髪の長い奴が、言った。
これまでの一連の流れに加えて、その集団の存在が、そのたるそうな喋り方が、何もかもが俺の不機嫌に貢献した。
もーこれメーター振り切れた。何でもいい、まずはあいつらからヒネリ潰そう。




ある日、森の中
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20170717