網戸には羽虫。時たま、光に寄せられた大きな蛾が部屋に入ろうとしては、網戸に遮られ、ふらふらとまた何処かへ飛んでいく。 都会と比べ、静かすぎる夜。窓の向こうには深すぎる闇。部屋の明かりから僅かに浮かび上がる、この建物の周りを覆う不気味な木々。 俺は、そんな合宿所のうちの一部屋の畳に白い布団を引き、その上にごろりと寝そべっていた。天井からは和紙で覆われた照明がさがっている。 隣には花宮が、黙って自身の布団を敷き始めていた。 「…なあ花宮、」 「あ?」 「…部屋割り、無難に落ち着いたな」 「ああ」 花宮はそう言って、敷き終えた布団に入ることはせず、窓辺の椅子に腰かけた。壁掛けの時計に目を遣れば、時刻は23時をまわったところであった。 合宿が始まる前日、あれだけ揉めた部屋割りが此処に来てすんなり決まったのは、みょうじがいないからであろう。 そう、みょうじは陽泉に行った。少なくともこの合宿中、みょうじはこの場にいない。事の詳しい経緯は知らないが(当時、体育館は俺も含め小物が意識を保っていられるような状態になかった)、次に目を覚ました時、床には見慣れた能面とガムとバカが転がっており、その奥で花宮はバスケットボールをゴールに向かって放っていた。花宮が練習をしているところ、久しぶりに見た、なんて月並みなことを思ったりした。 俺たちがどれだけ寝ていたのか、花宮がどれだけ練習をしていたのかなんて知らないが、花宮が俺の起床に気づいた時、その黒髪からは汗が滴っていた。そしてその黒髪から、みょうじがいないことに気づかされた。 「…花宮、」 「なに」 「まだ寝ねえの」 「寝るよ」 窓辺のキャプテン様にもう一度声をかけてみる。しかし、返ってくるのは上っ面の返事だ。そんなのいつものことだろ、と言われればそれまでなのだが、なんだかやっぱり。この違和感はみょうじの不在が関係しているのだろうか。はたまたみょうじなんてミジンコほども関係していないのだろうか。それとも、この違和感自体が杞憂なのだろうか。本当に、誰だ花宮の思考にかろうじてついてける瀬戸君云々とか言った奴。瀬戸君全然ついてけねーわ。何考えてんだあの麻呂眉。 今日の夕食は古橋が急遽つくった。後片付けはザキ、洗濯は原。そして俺はと言うと、布団係の任務を遂行した(これらの仕事は勿論、他の部員も率いての話だが)。正直、みょうじがいなくても部はまわるのが現状だ。寧ろ、みょうじがいない方が回転がスムーズなんじゃねえかってぐらいだ。 明日も、こんなスムーズで効率的な一日を送るのだろうか。大いに結構である。…結構だが。 「…花宮、」 「なんだよ」 「俺はもう寝るけど」 「ああ、おやすみ」 「その前に今日思ったこと言っていい?」 「…」 「手段なんて選ばなくていいんじゃない?」 「は?」 「まあ、今更かもしんねーけど」 「…今更だな」 ふはっ、と花宮は独特に笑った。俺が言わんとすることを奴は理解したのだろうか。ちなみに俺は自分の発言を理解しきっていない。ただ、あいつはそれで通じるだろ。 そんな無責任な信頼を投げつけて、宣言通り俺は本日初めて、自分の意思で眠りに落ちた。 明日が今日より面白くなることを願いながら。 馳せる静寂 * * * 20170712 |