毒花繚乱 | ナノ


なまえ。それはみょうじの下の名前らしい。そんなレアワードを口にするのはご存知、火炎瓶撒き散らし野郎こと…えーっと、ナニムロさんだっけ。ほら、今花宮と対峙してるあちらのいけ好かねえ優男。以前あいつが現れた時はもう大変だったね。ウチの部ったらまあ燃える燃える。みょうじは火吹いて回ってたし花宮はクソ機嫌悪ィし、ついでに古橋も機嫌悪ィし瀬戸は寝てるしザキはバカだし。あー、もうこれハルマゲドンくるやつだわ。ナニムロ・ザキ・花宮ラインはハルマゲドンだわ。


「…また近くに来たから寄ってみた、とかですか。それでしたらお帰り頂けますか、ウチ見ての通り今合宿中なんで」


花宮はにこりともせず、淡々と他人行儀な言葉を並べ立てた。みょうじは何を考えてるのか、腕を組み事の経過を奥から見守っている。


「…今日はそんなお客さん気分で来たんじゃないさ」


ナニムロは眉間に皺を寄せ伏し目がちに、何やら深刻そうに小さく溢す。偶々ウチもこの近くで合宿をしていて、昨日偶然君たちを見かけたのだ、と。
そして一呼吸置いた後、きりりとした視線を花宮に向け、きりりと言い放った。


「なまえは君たちのメイドでも小間使いでもない。他人の俺が口を挟むのはナンセンスだとは思うけども…それでもなまえへの態度、目に余る」


びゅおん。突如、瞬間風速50メートルを記録した、於体育館。なんだあいつやっべーよ。発言節穴すぎて風起こしたよやべーよあいつ。あーー寒い寒いトリハダ。


「…で?」


しかし僕たち小物と違って我らが花宮、表情一つ変えず切り返す。そのたった一音「で」は氷柱の如く鋭く冷たい。チームメイト花宮から放たれた氷柱は、僕たち小物にぷすりと刺さり何だか心が流血沙汰である。しかし氷柱が向けられた張本人はそれらをするりとかわし、次の一手を打つ。


「なまえの友人として、放ってはおけないな」
「で?」


きりりとしたナニムロの胸糞発言に、我らが花宮、表情一つ変えず切り返す。
以降、ナニムロはきりり胸糞発言を繰り返し、対して花宮は「で?」の一点張りである。それはつまり、暴風雨の中に鋭利な氷柱が混ざったこの極寒の空間に俺たちが晒され続けるということである。このままでは凍死若しくは出血多量。正にdeath or death。そして今、この空間をどうにか出来る可能性のある人間(人間?)は。
息も絶え絶えに、みょうじにちらりと視線を遣る。すると、みょうじは腕時計を確認してから、小さくため息をつき、此方に向かって歩いてきた。勿論向かう先は俺ではなく、俺の向こうのハルマゲドンラインである。殺る気である。
こいつそろそろ調査兵団かCCGあたりに引き抜かれるんじゃね?強すぎね?


「…なまえ、」
「…」


新たに加わったみょうじにナニムロは気安く下の名前を呼び、花宮はいつものように睨んだ。その間でサンドバッグも震え上がる攻撃(とばっちり)の受け方をしたザキが無残にも転がっているが、あいつはもう助からないだろう。
みょうじが口を開く。


「…氷室、帰れ。花宮、しね」


瞬間、猛吹雪が吹き荒れた。お前もか。

意識が遠のいていくのを感じた。花宮が、みょうじが、ナニムロが、何かを口にする度に襲い掛かってくる風、雪、氷柱。
そうか、あいつ思い出した。氷室だ、”氷”室。秋田の氷室。


「なまえ、陽泉においで」


そんな声が聞こえたような気がしたが、残念ながら俺の気力体力精神力もここまでのようで、薄れゆく意識をそっと手放した。




氷雨
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20170709