毒花繚乱 | ナノ


「瀬戸、しんだ?えっしんだ?あーしんでんなこれ」
「原お前生死判定早くね?」


合宿所へと向かうバスの中。「悪童の右腕」と名高い、我らが瀬戸はしんでいた。所謂乗り物酔いである。
一番後ろの4人分の座席を使い、白目を向いて横たわるチームメートを、原とザキは自らの座席上で膝立ちになり、並んで振り返る。
「どうするよコレ、めっちゃ邪魔じゃん」「いやどうするもこうするも成仏待つしか」「んなの待ってられっかよ現代人の多忙知らないのお前、ハイ速攻ネットで引き取り予約〜」「瀬戸くん売るならセトンディア〜」などとペラペラ話す原ザキ、これは流石に俺もどうかと思う。…訳がない。
何故なら、俺たちは霧崎第一だからだ。我が部では常に誰かが瀕死であるのが日常であり、この反応も哀しきかな、慣れからくるもの。うちの部において、瀕死は最早当番制と言っても過言ではない。そして今回その瀕死当番が偶々瀬戸だった。それだけだ。死因なんかどうでもいい。大体がくだらないからな。


「…古橋は心底どうでもいいみたいな顔してるね、って言おうと思ったけど、アンタ元々そんな顔だったね」
「?いや今は本当にどうでもいいと考えてた」


既に瀬戸の話からネットショッピングの話へと移った原ザキを横目にそんなことを考えていると、前方の座席から瀬戸の様子を伺いにきたのか、みょうじがバスの通路を歩いてきて、俺と原ザキの間で立ち止まった。随分な言われ様だが、そう言うみょうじの表情も大分興味無さげだ。いやお前は興味持てよ瀕死当番の原因も同然なんだから、とは口が裂けても言えない。


「それより瀬戸くん、この資料目通しといてくんない?相談があるんだけど」


みょうじはそう言って書類の束を掲げながら通路にしゃがみ、白目を剥いている瀬戸の顔を覗き込む。どうやらみょうじは瀬戸の様子を伺いに来たのではなく、仕事をぶん投げに来たらしい。
「よろしく」と書類の束を瀬戸の腹の上にばさりと供えたみょうじは立ち上がる。それから俺をぱちりと見た。そして一度原ザキを振り返ってから、もう一度俺に向き直り、少し考える素振りをしてから、俺の隣に座った。


「どうしたみょうじ」
「なんだお前わたしが隣じゃ不満だってかしばくぞ」
「いや不満は無い。こっち二度見してきたから何か用があるのかと思って」
「ああ、いや相変わらず能面みたいな顔してんなと思って」
「チャームポイントだからな」
「お前のチャームポイント全然チャームじゃねーな」
「瀬戸と違ってみょうじは今日も絶好調みたいだな」
「瀬戸くん?なに不調なの?いつもと変わんなくない?」
「ぱっと見はな。ただよく見ると顔青いし白目剥いてる、アイマスクもしてない」


みょうじは「ふーん」と言いながらもう一度立ち上がり、今度こそ瀬戸の様子を伺った。


「顔が青いのはいつもでしょ、それに普段アイマスクしてて、今日はアイマスクしてない且つ白目。これ普段からアイマスクの下白目剥いてんじゃない?」
「なるほどそういう考え方もあるな」


流石悪童と渡り合ううちのマネージャーは違う。そう言われると、なんだかそんな気がしてきた。


「あ、そうだ」


妙な説得力に感心していると、通路を挟んだ向こう側の原がぽつりと呟いた。


「俺今都合の良いことにマッキーもってんだよね。こいつで瀬戸に黒目入れようぜ、片側だけ。んで、ザキくんがお利口になったらもう片方に黒目入れたげよ」
「え、俺ってだるまに願掛けるレベルで知能的に迷惑かけてんの?あれ、ってかそもそも瀬戸ってだるまなの?」
「ザキお前そういうとこだから」





「花宮、なんか俺目痛ぇんだけど何か知ってる?」
「は?知らね」


そんな会話を小耳に挟みながら、「おい瀬戸くん両目に黒目座ってんのにザキがバカなまんまだぞ、誰だ妥協した奴」とみょうじがプンスコ怒ってるのを見ながら、俺はバスを降りた。

こいつらと三日間一緒か。疲れそう。



クロシロアカ
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20170629