本日は各部の長たちが集められる部長会議の日。つまり部活がない。花宮には悪いが俺たち平部員は早々に帰らせてもらう、…筈だった。だがしかし。 各部長たちの呪いなのか何なのか知らないが、東京は突然のゲリラ豪雨なるものに見舞われたのである。今日に限ってうちのクラスはHRが若干長引き多少の苛立ちを覚えていたのだが、ちょうどそのHRが終わる頃、外はみるみるうちに暗くなっていき、突如稲妻が光った。間も無くして先ほどまで乾いていたグラウンドが、水で出来た弾丸で空から猛攻撃を受けている様を見て、ああうちのクラスは運が良かったのだと悟った。もしいつも通りにHRが終わっていれば俺は確実に被弾していただろう。しかしおかげさまで無傷ではあるが、帰れないことに変わりはない。取り敢えずは部室へと避難し、どうしたものかとベンチに腰掛けた時だった。 「ああああチキショー!!」 「なーにこの大雨流石に帰れないんですけどー…あ、古橋」 そこそこ濡れたザキと原が勢いよく部室の扉を開けた。 「あ?古橋?なんだ心なしか久しぶりな気すんな」 「つーか古橋お前なんで濡れてないの」 「日頃の行いじゃないか」 「いや、日頃の行いの悪さは俺ら大して変わんなくね、違いを見出すとしたらお前は世渡りが上手い、僕たち下手くそ、あー悲しい」 原の言わんとしていることはあまりよく分からなかったが、よくあることなので「そうか」と適当に相槌を打って流す。「かろうじて中シャツは無事だった、ブエックショーイワッショーイ」とザキが濡れたワイシャツをつまみながら言った。最後の言葉がくしゃみだったのかそれとも喜びの雄叫びだったのかは判断がつかなかった。 「あーくっそ、大体俺らのクラスのHRも早く終わるか長引くかしろってんだよ空気読めねえな」 「そういえば花宮たちのクラスは毎回HR早く終わっているな」 「条例じゃね、あのクラス内のさあ」 なるほど、賛成2(花宮みょうじ)、反対0、欠席1(瀬戸)で条例可決という訳だ。だからあいつら部活来るのいつも早かったのか。にしても、まあ花宮は別として、どうやらみょうじ瀬戸は無事駅まで辿り着けてそ… 「ウィーッス」 「「だと思ってたわ」」 辿り着けなかったらしい瀬戸が部室の扉を開き現れた。原とザキが声を揃える。HRが無いに等しい瀬戸が無傷で此処に来たのは大方… 「起きたら帰れねえなにこの雨バカじゃねーの」 「バカはオメーだろバーカ」 「なんでこのバカが無傷で俺らが濡れんの理解出来ねー」 「日頃の行いじゃねーの」 瀬戸は大きな欠伸をしながらザキと原をあしらう。しかしこうも続々と部員が集まっていく様子を見ていると、流石に少し気掛かりになってくる。 「大体瀬戸くんはさあ、デコに便利なモン付いてんじゃん何なの?活用しようぜ」 「コレ気象レーダーじゃねーから、ホクロだから」 「瀬戸、」 振り向く瀬戸に俺は少々躊躇いつつ尋ねた。 「みょうじは大丈夫なのか」 「…お前それ俺に聞く?…まあ、大丈夫じゃね、こういう日とかあいつ帰んのすげえ早ーし、取り敢えず駅まではどうにかなってんだ…」 バァン!!突然、部室の扉を蹴り開けた音が瀬戸の言葉を遮った。そして其処に立つ人物を見て、俺たちは何もどうにかなどなっていないことを悟った。ぽたぽたと水が滴り落ちる音が小さく、そして不気味に響く。おい瀬戸。 誰もが閉口する中、果敢にも沈黙を破ったのはザキであった。 「…」 「みょうじ!?お前一番濡れてんじゃねーかよ大丈夫か!?」 「…これが大丈夫に見えるのザキくんは、ああそう」 「見えねえな!?俺が悪かった…ってか取り敢えず中入れよ、おう」 「…大体私こんなに濡れてんのにあんたたちなんでそんな無事なの何なの」 「あー…日頃の行いじゃね?」 * 「そう、ギリ駅までは行けた、…のに電車止まった!!あれいつ動くようになんだよ来世?え?」 屍と化したザキを尻目にみょうじの話を聞いていると、どうやら駅から此処までこの雨の中戻ってきたらしい。窓際には原とザキのワイシャツに並んでみょうじの水を吸って色の濃くなった制服一式が干されている。今はジャージを着こんでいるが、髪からはまだ時おり雫が滴り落ちる。 「まあ運が悪かったとしか言えないな」 「みょうじは着替えあったんだからまだマシじゃん?帰宅部で尚且つ友達いねー奴らとか大変だぜ?」 「下ばっか見てんじゃないよ、そんなんだから原くんはザキと同じクラスなんじゃないの」 「瀬戸ー、この人マジで性格悪ィ」 「知ってる」 みょうじは今日も息をするように毒を吐く。しかし俺はその指先がいつもよりも白いことに気づいた。薄々分かってはいるが、その原因を確かめるべくみょうじの小さな手ごと握る。 「!?古橋、何してんの、」 「冷たい」 「は?」 案の定、その手はひんやりと芯まで冷たい。触り心地も普段とは異なり、水に濡れた後のそれだった。…という旨を呟き、お前身体かなり冷えてるぞとみょうじの手から瞳に視線を持っていけば、みょうじの視線は先程までとは違い俺の向こう側に向けられていた。顔色もいつもより白いな、などと観察していると「みょうじの身体より俺たちの肝のが現在進行形で冷えきってんだよさっさと手を離せこのバカチンが」と原が大きな小声で頭をひっぱたいてきた。俺の頭は叩いてもザキのように良い音はしなかった。あれあれ、と原が俺の後ろを指差す。俺は志村じゃないぞと思いながら振り替えれば、扉の前に花宮が立っていた。目が合う。 「あ、花宮。お帰り」 「…何してんだお前らバカみてえに雁首揃えて」 「本当にな」 「つーかその雁首の中にあんたの首も入ってるけどな」 「…は?一緒にすんなよ」 「なら今すぐ帰れ私たちバカは雁首揃えて雨宿りしてますからっぷし、あー…」 「78点」 「おい古橋この流れでみょうじのくしゃみに点数つけんのマジやめて、っつーかそんな高い点数叩き出すの今ので?」 「恐らく先程ザキのブエックショイワッショイを聞いた比較が関わっているんだろうな」 「あーね」 「盛り上がってるとこ恐縮だけど、雨止んでんぞ」 花宮が部室に姿を現して十数分。瀬戸の声によって窓の外を全員が見る。空はゲリラ豪雨が過ぎたあとの、憎たらしくも澄んだそれであった。 「…花宮って顔に似合わず晴れ男だったんだな」 「なんでもいいからもうお前ら早く帰れ」 * * * 20170927 |