毒花繚乱 | ナノ


突撃隣の晩御飯、こんばんはセトスケです。今夜はどちらのお宅にお邪魔するのかっつったら、まあ原さん家なんですけど。アポ無し突撃っつーか向こうから突撃依頼あったんですけど。…まあこうなるとは思ってたけどな。古橋ザキ俺だったら消去法で俺だよな。
原からの電話によると、色々あって家は燃えたがなんとか日が沈むところまではやり過ごした。で、その後一抹(どころじゃねえけど)の不安を残しつつも自然の理で原が晩飯の弁当を買い出しに行き、帰ってきてみればガキとみょうじは疲れたのか何なのかリビングのソファーで一緒になってすやすやと眠りこけていたそうだ。しかもその様を花宮は何もせず、ただ黙って見ていたと。そんな状況を扉の隙間から確認した原はもう一度自宅を出て俺に連絡してきたという訳だ。もうここは花宮と俺と瀬戸の会にしませんか、と。大丈夫です厄介なの全部寝てますから、と。
確かに花宮も単体ならばただの性格悪い奴という捉え方で問題ないし、あの二人が起きさえしなければ大丈夫だろう。にも拘らず俺が呼ばれたのはやはり、眠っているとはいえそこにいるのはみょうじで、同じ空間に花宮がいるという事実は変わらないから、か。全くのノーリスクという訳ではないが、普段と較べれば。これから先何が起きるか分からない。今のうちに原に恩を売っておくべきだ。IQ160の頭はそう判断し、電灯の側で忙しなく羽をばたつかせる蛾を視界の隅に何匹も映しながら、ここへ来た。心なしか禍々しい一軒家である。


「わー人間だ」


原は俺を見るなりまずそう溢した。昼に見た時よりも痩せたように見えるのは気のせいだろうか。火傷の痕は見られない。
中へ通されリビングに足を踏み入れると、すぐにソファーの上で寝息をたてる厄介を見つけた。布団も掛けられていなければ、何もされていない。電池が突然ぷっつりと切れてしまったかのように倒れこみ、寝転がるには決して広いとは言えない面積の上で二人仲良く丸くなっている。ベッドに運ぶか布団を掛けるかしてもいいのではと一瞬思ったが、下手に何かして起こしたりしたら、原は各保険会社から多額の金を搾り取ることになりそうだ。それは確かにまずい。触らぬ悪魔に祟りなし。良い判断ではないかもしれないが、最良の判断だろう。


「何複雑そうな面してんだよ」
「…花宮、…久しぶりだな」
「は?昼ぶりだろ」
「いや、まあ…そうだな」


厄介を見て色々と考えを巡らせていると、横から花宮の声が飛んできた。原もみょうじもそうであったが、花宮もまた制服のままだ。具体的なことは測りかねるが、そんな些細なことからもこの半日の密度が何となく匂う。指摘された複雑な表情とやらは、一層色濃くなったであろう。


「んじゃまあ皆さん揃いましたんで今から男子会といきますか、はい弁当」


気色の悪い単語を使いながら、原はコンビニ袋から弁当と箸をがさがさと取り出す。奇しくも全て赤飯である。


「いやあマジ俺おつかれ」
「…みょうじが疲れて?寝てるってことは何、あいつちゃんと遊んでやってたの」
「いや?みょうじが遊んでやったっていうかガキが遊んでもらったていうか寧ろ俺が遊ばれた」


割り箸をぱきりと割って原は平然と答える。流石この半日を生き抜いてきただけあって、何だか少しタフになった。こいつも何だかんだ言ってゴキブリ並の生命力だ。


「…花宮は?今日どうしてたんだ?」
「…別に、どうもしねえよ。ただ色々と監視してただけだ」


監視、ねえ。花宮の言葉を反芻しながらみょうじの分であっただろう弁当に手をつける。あいつ一人が食うにしては少し多いんじゃ、と思ったが、きっとこれは二人分、今眠りこけている奴らの分だったのだろう。一つの弁当を分け合える程度にあいつらの距離は縮まったと原は考えたのか。


「…まあ、あいつにしてはよくやってたんじゃねえの」


そしてぼそりと花宮は付け足した。顔を上げれば花宮はぼうっと、ソファーを見つめていた。そんなこと口走るなんて、悪童さんも相当疲れているらしい。
…つーかこれはもう、みょうじさえもう少し大人しくしていれば、上手くいくんじゃねえの。割と平和にくっつくんじゃねえの。そう思えなくもない。しかし、今のままのみょうじと既に上手いことやっている奴もいる訳で。実際、いつ古橋とくっついても傍から見れば何もおかしくはない気がする。
…とか言って、花宮もみょうじも古橋も、実際のところ何を考えているのかは分からない。もしかしたら俺の考えていることは全て杞憂に終わるのかもしれない。原は今日一日、花宮とみょうじの関係、みょうじとガキの関係、ガキと花宮の関係、そして己の身の安全全てに気を回さなければいけなかった。正直尊敬に値する。俺には無理だそんなことになったら家に帰るっつーか子宮に帰るっつーか土に還る。…っつか、そんなこと言ったら原も実際何を考えているか分かったもんじゃない。ウチの部内ではそれについて具体的なことを口に出すべからず、っつー暗黙の了解みたいなものがあるから、言葉で共有したことがないのだ。花宮とみょうじの関係を変に勘繰っているのは俺だけ、という可能性もなくはない。そして実際あいつらは本当に仲が悪いだけ、という可能性もなくはない。結局ウチの部内で確定しているのはザキがバカだということだけなのだ。
もう一度花宮に視線を遣る。頬杖をつき、ソファーの上を見ている。その目からは何も読み取ることが出来ない。俺もソファーの上に視線を投げる。するとみょうじがもぞりと動いた。心臓が跳ねる。
(ヤバイ、起きたか?)
ん、と小さく声をあげ、それからゆっくりと瞼が開けられた。つまり起きた。つまり俺は…しんだ、か?心臓が早鐘を打っているのを全身で感じながら、俺はそこから目が離せないし、動くことも出来ない。みょうじは暫く虚ろな目でぼうっとしていたが、やがてガキを視界に捉えた。どうして私はこんなのと寝ているんだ、とガキをぶん投げるだろうか。しかし、みょうじが次にとった行動は俺の予想に大きく反するものだった。その小さな身体を自身の腕の中にそっと閉じ込めて、もう一度瞼を閉じたのである。自分が寒かったのか、ガキが寒いと思ったのか、それともただ寝ぼけていただけなのかは分からないが、信じられない行動だった。原をチラ見すると、原も今の一連の流れを見ていたらしい、何も言わずニヤリと笑った。花宮は、ソファーからゆっくりと視線を逸らした。
俺が理解出来たのは、自分が今命拾いをしたということだけだ。使いもんにならねえなIQ160。



結局僕らに出来ることなんて何もない
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2014.04.14