「…原」 「…原くん」 俺が買ってきた赤飯の入ったコンビニ袋から漸く視線を上げた我らがキャプテンとマネージャーは、ほぼ同時にその子供の父親の名前を呼んだ。晩春の木洩れ日が差す部室前は、時間が経って白く固まってしまった油のような空気で満ちている。 「なーに?」 ぷう、と風船ガムが膨らむ。それはゆっくりとゆっくりと大きくなっていき、遂にこの張り詰めた空気に耐えられなくなったとでも言うかのように、ぱちんと乾いた音を立てて破裂した。 「…まぁ、その、なんだ。」 「詳しい事情は聞かないでおく、けど、さ。」 あの花宮とみょうじが、言葉を選んで話している。あの花宮とみょうじが、だ。やばい面白い、とか思ってしまえるあたり、自らのこの一年での成長を感じずにはいられない。うん、俺流石にもう少し一般的な感性持ってた気がする。 「「…オメデ」」 「あーそう言えばさー、俺にクリソツなガキ見なかった?なんか色々あって大して親しくもねー親戚のガキの面倒を俺が見るとかいうクソ笑えねー展開になっちゃったんだけどさー」 瞬間、霧崎第一高等学校バスケットボール部部室前の空気が、凍った。固まった油ごと、凍った。未だ嘗てないほどに、凍った。 「ちょーっと目離した隙にあのクソガキ消えやがっ…あーなんだ部室にいんじゃーん」 "ちょっと"目を離した、というサルでも見抜ける嘘を吐きながら原は部室の扉を開け、そこでヤツの姿を確認し作り安堵の表情を浮かべた。 「なんだよお前ら教えてくれてもよくね?」 「原テメェ地球100周。」 「えっ」 「おいこらザキ、お前原くんのクラスメートだろ。連帯責任で太陽100周。」 「待って俺それ燃える」 いやそこじゃねーだろ、と冷静すぎる瀬戸のツッコミを聞き流しながら、俺は思う。此処は本当に進学校なのだろうか、と。やはり“高校生(=バカ)”というブランドにはどう足掻いても抗えないのかもしれない。哀しい現実である。 「まあ落ち着けって。部室開けたらガキで驚く気持ちもわかるけどさー。」 「うるせー黙れどういう訳か俺が納得するように説明しろ。」 「おい花宮、黙れって言った側から説明しろって…そりゃいくら原でも無理だろ…」 「お前は大人しく燃えてろ」 「んーだからー、ざっくり言うとー、このガキどうすればいい?」 「帰れ」 「みょうじ―、俺ガキ苦手なんだよね」 「お前こん中にガキ苦手じゃない奴いると思ってんのか」 「絶対いねー」 ケラケラと笑い出す原に殴りかかろうとするみょうじ、それを全力で止めにかかる瀬戸、太陽を静かに見上げるザキ、不機嫌全開の花宮。そんな内から見ればいつもの光景でも、外からみれば修羅場な筈のこの場に一人、悠然と割って入ってくるものが現れた。そいつは、部室から現れ、てくてくと一直線によりによって花宮の元へと歩いていく。それを見て、騒いでいた面々は自然と静まり、奴の次の行動に注目をする。奴は花宮の前で立ち止まり、花宮を見上げた。勿論、前髪に隠れて表情は伺えない。そして、奴は静かに、右手を自身の腹に当てた。次の瞬間、静まり返った空間に小さく鳴り響いたのは、ぐう、という可愛らしい音。 「………」 誰しもの耳に届いた筈なのに、誰も何も言わない。奴は、全方位から熱視線を浴びつつ、今度はよりによってみょうじの元へと歩いていき、再び、ぐう、と鳴らした。しかし、誰も何も対応しない。全く、仕方のない奴らだ。 「花宮、みょうじ、その子おなか減ったってよ。」 幕間劇などいかがでしょうか * * * 2013.08.12 |