毒花繚乱 | ナノ


おっす、オラ山崎。今日は骨川高校と練習試合だ。それで、骨川は霧崎からそう遠くないから現地集合、という話だったのだが…約束の時間一分前の今になってもみょうじと古橋が来ない。普段なら10分前、遅くとも5分前には集合場所に立っている2人だ。何かあったのだろうか。花宮がイライラしている。


「…あ、あれ…みょうじと古橋じゃね?」


原が風船ガムをぷくりと膨らましながら横断歩道の向こう側を指差す。そちらに目を遣れば、まだ遠いが、確かにみょうじと古橋らしい2人が小走りで此方に向かって来ていた。どうでもいいが、原の目って、本当に正規の場所にあるのだろうか。


「おいお前ら!!時間ギリギリじゃ…ねぇ…か…」
「ギリギリだが間に合った」
「そ、うだ…!文句言われる筋合いは無い!」


チカチカと青信号が点滅する中2人がすぐ近くまで来るのを確認した俺は暫しの間、みょうじたちから目を離し、原の前髪の向こう側を睨みながらいつもの喧嘩一方手前の会話を聞いていた。が、すぐに会話が途切れ沈黙が流れる。不審に思いみょうじたちに目を戻せば、なるほど一瞬で俺も沈黙に呑まれてしまった。これは声が出ない。


「…ねー古橋、手からみょうじ生えてるよ」


破裂した風船ガムを口周りに張り付けたまま、原がぽつりと漏らす。しかし俺には、古橋からみょうじが生えている、というよりは、古橋とみょうじが手を繋いでいるように見えた。寧ろそのようにしか見えない。やはり原の目は正規の場所に無い故に、俺たちとは世界の見え方が違うのかもしれない。


「…あぁ、これか?これはだな、みょうじが」
「古橋」


原の指摘を受けて古橋は、今まで手を繋いでいたことを忘れていた、とでも言いたげな雰囲気を出してから事情を話しかけた。しかしみょうじの一声によってすぐに口を噤んでしまう。


「…これは俺とみょうじとの秘密だ」
「君たちには全く一切微塵も関係無い。気にすんな」


…だ、そうだ。俺たちには関係無いらしい。にも関わらず、原と瀬戸の汗が尋常じゃない。そんなに暑いならマフラー外せよ。


「…ったく、お前らいつまでオテテ繋いでんだ気色わりー。さっさと中入んぞ」


花宮はそう吐き捨て、骨川高校昇降口に向かって歩き出した。みょうじも、花宮の眉毛のがきしょい、と呟いてから古橋と手を離し、花宮の後を歩き出した。その後ろを俺と古橋、更にその後ろを瀬戸と原も歩き出す。控えの奴らは多分その後ろを歩いている筈だ。すぐ後ろからは安堵と思われる溜め息が聞こえてきて、俺と古橋は疑問符を頭上に浮かべながら顔を見合わせた。


「にしてもみょうじひどくね?」
「? なにが」
「やっぱお前古橋が好きなんじゃん。そんで結局古橋と付き合うことになってるし。部内恋愛すんならせめて俺らには言えよー。関係無いってこたあねーだ…」
「「ザァァァキィィィィィィィィィ!!!!!」」
「っで!!!!!」


みょうじへの小さな不満を言い切る前に、頭に二カ所、猛烈な衝撃を受けた。経験から予想するに、これは原と瀬戸からの脳天チョップだ。あ、ちょ、鼻血出た。


「お前バカか!?あぁバカだよな!?こんのブアァァァカ!!!!!」


あの瀬戸が目んたま血走らせながら俺の胸ぐらを掴んで怒鳴っている。


「落ち着け瀬戸、ザキが馬鹿なのは世界の理だ」
「古橋ひでぇ!せめて霧崎の理ぐらいに収めとけよ!!」
「ザキ、遺言はそれでオーケイ?」
「遺言!?」


これは…ヤバイ。原と瀬戸マジでやっちまいそうだ。古橋は絶対助けてくれない。だって目が死んでいる!!ヤバイヤバイなんだかよくわかんねーけど俺殺される…!!


「オイやめろ」


垂れた鼻血もそのままにひたすら心の中でヤバイを繰り返していたところ、制止の声がかかった。よくわかんねーけど、花宮が此方を興味なさげに見ながらも俺の命を救ってくれたようだ。


「まったく、なにはしゃいでんの。レモンの蜂漬け食わすよ」


みょうじもまた、呆れ顔で振り返る。あれ、今日花宮とみょうじがちょっと優しい。ヤバイ明日レモン降ってくる。


「つかお前また蜂漬け作ってきたのかよ」
「大丈夫蜂蜜漬けだから」
「お前今自分で蜂漬けっつったじゃねーか」
「言ってない」
「言った」
「言ってない」
「言った」
「言ってねーっつってんだろバァカ!!」
「言ったっつってんだろバァァカ!!!」
「落ち着け花宮」
「落ち着けみょうじ」


俺の胸ぐらを掴んでいた瀬戸はいつの間にか花宮の腕を後ろから押さえており、古橋もいつの間にかみょうじの腕を後ろから押さえていた。あれ、俺空気。


「良かったね」


原がぷくりと風船ガムを膨らませながら俺の肩に手を置き、無表情で呟く。


「…うん、俺助かったみたい」




冬の溜め息は星に還る
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2013.03.16