毒花繚乱 | ナノ


テストも終わり部活が再開され、少しだけなまった体も叩き直されたとある日曜日。今日は他校との練習試合だ。場所がウチの時は関係ないが、今日みたいに余所でやる場合、まとまってもさもさと行く日もあれば、現地集合の日もあったりする。まぁだいたい近場だったら後者で、今日も霧崎の最寄りから乗り換えをせずにすむ場所なので、現地集合だ。スポーツバッグから、駅から相手校までの地図を取り出して道を確認する。徒歩10分、ということは、実際は5分ちょいか。待ち合わせの10分前には着けそうだ。
そんなことを考えながら歩き始めてすぐに、挙動不審な見知ったポニーテールを見かけた。


「なにしてんだ?みょうじ」
「!?!?」


声をかければみょうじは肩をビクビクーッとさせて振り返った。


「ふ、古橋…。なんだ古橋か。びっくりさせんなバカ古橋」


ただ声をかけただけでこの言われ様。今日もみょうじは絶好調のようだ。


「それよりさっきからなに一人で地図くるくる回してんだ」
「それより早く行かないと遅れるよ、急ごう」
「………」
「…なんだよ」


さっきから見る限り、なぜかみょうじは焦っている。出会い頭の反応といい、どうもおかしい。


「…そうだ、俺ちょっとコンビニ寄ってくから先行ってて」
「あ、そうそうわたしも買うものあるんだった」
「と思ったけどさっきキヨスクで買ったんだった。みょうじコンビニ行くんなら俺先行くぞ」
「と思ったけどわたしもさっき商店街で買ったんだった。ということで共にまっすぐ骨川高校へ向かおうか」
「………」
「…な、なんだよ」
「みょうじお前、迷子だぐっふ…!!」


迷子だろ、と言おうとした瞬間に、背後から腰に蹴りを入れられた。試合前の選手にマネージャーが行う行為とは到底思えない。


「ねぇ古橋くーん、この地図おかしいんだよー地図と道が一致しないんだよー」


腰を押さえて苦しむ俺にみょうじはヤクザの如く絡んでくる。


「それはただ単にみょうじが方向音ちぶんっ!!」


方向音痴なだけ、と言おうとした瞬間に、腹パンを一発お見舞いされた。もう何も言うまいよ。だってあなた、マネージャーである前にみょうじだものね。


「どうだ古橋、前と後ろ、平等に刺激を与えたからまっすぐ立てるようになっただろう」
「本当だありがとう」


意味がわからない。


「…で?特に困った様子のないみょうじさんはここで何してたんだ?」


いつまでも強がって認めないみょうじに、少しだけ意地の悪い聞き方をする。滅多に弱みを見せないみょうじの弱いものを知ったこの何とも形容しがたい高揚感は、殴る蹴るの暴行を持ってしても消えることはなかったようだ。


「なにって…あれだよ。…ダウジング。決まってんでしょ」


みょうじは少しの間言葉に詰まった後、明らかにその場しのぎの発言をした。そんなことも分からないのか、と言いたげな顔で。


「…そうか。じゃあ引き続き作業頑張ってくれ。俺は先に行くぞ。」


いつものように表情を変えず、声に抑揚をつけず、みょうじの作業を応援する言葉だけかけて止めていた足を再び前へ動かした。が、それも2秒でまた止めることとなった。みょうじが制服の裾を掴んだのである。俺はこれ見よがしにため息をつき、まだ何か用か、と振り返る。みょうじは俯いたまま何も言わず、掴んだ袖も離さない。…少し調子に乗りすぎたか。いや、でもこんな余裕のないみょうじは貴重だ。存分に堪能しておかないと。


「…道、わかんないんだろ?」
「………うん」


みょうじと同じ目線の高さになるまでしゃがんでもう一押しすれば、少しの沈黙を挟んでから、蚊の鳴くような声でみょうじは認めた。


「…最初からそう言えばいいのに」
「あいつらに絶対ばらすなよ!特に花宮なんかにばらそうもんならわたしがお前をバラす」


迷子であったことを認めてもなお、みょうじの減らず口は絶好調のようだ。ただ、今のみょうじの顔は赤く、いつもの威圧感は見る影もない。


「…はいはい、秘密にしておきます」
「よろしい」


みょうじはそう言って大きく頷いた。高い位置で結われた髪が揺れる。俺は、その偉そうに組まれた腕を引っ張り、現れた小さな手を掴んで今度こそ骨川高校目指して歩き出す。


「え…ちょ、古橋?なにしてんの?」
「またダウジングし始められたら困るからな」
「…うるさいよ。それより、ちゃんと連れてってよね」


集合時間まで、残り8分。あーあ、本当だったら今頃はもう着いてる予定だったのに。駅から徒歩10分と表記された場所に、この小さな手の主の歩幅に合わせながら8分以内に到着することは果たして出来るのだろうか。




青い自尊心の結末
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2013.03.10