「ねー君、オジサンとお茶しない?」 「しません」 「そんなこと言わずに、オジサン奢るよ?」 「しません」 入学して間もない頃、駅から学校までの道のりで、霧崎生の女がオッサンに付きまとわれているのを俺―原一哉は目撃した。 この付きまとわれている女、どっかで見たことあんなーとか思っていたら、思い出した。こいつ入学式で新入生代表の挨拶してた奴だ。あー、進学校に通う黒髪女子高生、オッサンの格好の餌食かもな。こういう物好きって、多分この女が霧崎の中でもトップっつーの調べてて狙うんだろうな。マジご苦労様。才女も大変だねー。 「ちょっと、この子困ってるじゃないですか。やめて下さい。」 そんなことを思いながらちょうど現場を通り越そうとした時、俺と同じ格好をした男がその女とオッサンの間に割って入った。…お?王子サマ登場?マジで?ってあれ、あの顔どっかで…。 「警察呼びますよ。」 …あー思い出した、あの眉毛。あいつも新入生代表の奴じゃん。確か同率トップとか言って。 「大丈夫?みょうじさん」 「あ…はい。ありがとうございます。えっと、花宮くん」 どうやら王子は黒髪女子高生奪回に成功したようで、オッサンがそそくさと逃げて行く。 あー…ハイハイ、入学早々ここにフラグ立ってまーすどうもご苦労様でーす。マジそういうのやめて欲しいわー本当マジそういうことやっていいの月9だけだからさー。 「あ、名前覚えててくれたんだ。嬉しいよ。」 「花宮くんこそ、わたしの名前覚えててくれて…嬉しい。」 止めてーなにあれマジ止めてー。虫唾が走るー。あーあーあいつら超ナチュラルに並んで歩き始めたじゃん、もうこれ超ナチュラルに付き合って超ナチュラルに行くとこまで行っちゃうパターンじゃん早ーよ入学してまだ3日じゃんせめて文化祭ぐらいまでは待とーぜ。それか行くとこまで行き尽くして早く別れろ、大々的に。それだったら腹抱えて笑えるわ。 「そうだ、俺バスケ部に入ろうと思ってるんだけど、みょうじさんもどう?マネージャーとして、とか。」 「それは…わたしが使えそうな女だから?」 …あり?今更に虫唾が走る台詞の上に心躍る台詞聞こえてきたんだけど…俺の空耳アワー? 「えっ…みょうじさん…それどういう意味?」 「やだなぁ花宮くん!さっきわたしに近づいて来た時からこの女しぬまで働かせてやるーって顔に書いてあったよ。あのオジサンはどうしたの?花宮くんが脅してわたしに近づくよう指示したの?」 …あれ?お前らいつの間に月9から火曜サスペンスに乗り換えたの?表情だけ爽やかなのは何なの? 「…なんだ、知ってたのか。それならそうと早く言ってくれればいいのに。…それにしてもみょうじさん、初対面なのに結構厳しいなぁ。」 「ごめんなさい、花宮くんが初対面のわたしにオジサン派遣するから、つい…。でもわかった、面白そうだからバスケ部には入ってあげる。顔にオタマジャクシ貼り付けた人にこき使われる気は毛頭ないけどね!」 「ははっ!こき使われる為だけに生まれてきたようなドラもん体型がよく言うなぁ!あ、ネズミが出た時だけは助けてあげてもいいよ。土下座したらね!」 「あれ…そのオタマジャクシは成長しないの?もう春だけど…そのうち二匹ともカエルになって跳んで行っちゃうんじゃないかな?そうなったらわたしが新しいオタマジャクシ見繕ってあげるね!」 今年の新入生代表の2人は、終始爽やかな笑顔のまま一切口を閉ざすことなく喋り続け、校舎の中へと消えていった。 「…ししっ、なにあれ超面白そうじゃん。高校からは部活入る気なかったけど…俺またバスケ部入ろっかなー」 −−− 「クソ女テメェ!何度言ったらレモンの蜂蜜漬け作れるようになんだよ!!脳みそねぇのか!!!」 「あんたこそ何度言ったらそれがレモンの蜂蜜漬けだって認識すんの!!学習能力ゼロか!!!!」 「これは蜂蜜に浸かったレモンと蜂の巣って言うんだよバァカ!!!!しね!!!!!」 「お前がしね!!!!!」 …あぁ、頭のこの感触も慣れたもんだと、つくづく思う。 「おい原、お前また頭から蜂蜜垂れてんぞ」 「早くシャワー浴びてこいよ、固まっちまうんだろ?」 「…うん、ありがとう。ちょっと抜けるわ。」 どうして15歳の俺は、あの時あいつらを面白そうだと思ったのか。思えば、初対面の花宮みょうじに出くわしていることこそが、俺の最大の不運なのかもしれない。 しかし今更後悔したところで、もう遅い。どうやったんだかは知りたくもないが、上級生やら顧問を退けた今、奴らは天下人だ。ついて行く他に生きる道はない。 新鮮なレモンを脳天にくらい倒れたザキの屍を越えて、俺―原一哉は、強く生きようと、心に誓った。 そんな高2のある日の1ページ。 この傷を笑ってよ * * * 10万打記念群青さま、柚子さま、だらっくまさまリク 2013.03.01 |