今更思い悩むことなどない。深呼吸をしてから、意を決して教室の扉に手をかける。 「………っ!?」 今日はテスト最終日であると同時に、俺たちバスケ部の人生最終日である…はずだった。しかし、扉を開けた瞬間に俺を出迎えたのはいつものどす黒い妖気とコールタールではなく、桜色のフローラルなそよ風だった。どういうことだ。落ち着け、考えろ。何が起きた。 「おーっす瀬戸!」 「あ?お、おぉう」 「なんかさー今日教室爽やかじゃね?息がしやすいっつーかさー」 「あ、あぁ…そうだな」 どうやら異変を感じているのは俺だけではないようだ。 クラスメートと二言三言言葉を交わした後、窓側一番後ろの自分の席に着く。なんだこの空間は。俺はこんな空間知らない。だって昨日まで俺の隣で揺らぐカーテン真っ黒だったじゃんなんで真っ白になってんの。ゲヘナゲートはいつの間になくなったの。吉木はいつの間に復活してたの。解答用紙が前から順々に回ってくるのを目で追いながら考える。 …いや待て俺、冷静になれ。昨日までコールタールなんていたか?いや、いる訳がない。今日教室にそよ風なんか吹いたか?いや、吹く訳がない。窓閉まってんだろ。カーテンだってよく見てみろ、昨日も今日も黒でも白でもない、黄ばんでしみったれたカーテンだっただろ。要はそう錯覚しているだけだ。じゃあ俺を含めた教室中の奴らがそう錯覚する原因はなんだ?勿論、花宮とみょうじだ。 「………」 花宮に目を遣る。頬杖をついて物思いに耽っている。おかしい。明らかにおかしい。なにか一点を見つめてぼーっとしているようにも見える。いつもの花宮だったら、頬杖をついてもっと禍々しいことを考えているであろうオーラを醸し出しているのに、それがない。みょうじはどうだ。みょうじ…あれ、みょうじがいない。 「…ぶっふぇ!?」 「…ん?どうした瀬戸くん」 「あ…いや、ちょっと喉にコールタール詰まっただけなんで…すんません」 「そうか、次から気をつけなさい」 俺には何故かみょうじの姿を見つけることが出来なかった。もしやと思って花宮の視線の先を追ってみたところ、そこには知らない女が座っていた。誰だこいつ見たことねーなとか思ったが、よくよく考えたら席順からしてそいつはみょうじだった。思わずむせた。髪型がいつもと違っていてわからなかったのだ。みょうじはいつも肩につくぐらいのセミロングの髪を下ろしている。しかし今日はポニーテールにしていて、しかもシュシュまでつけていた。普段のあいつからじゃ絶対考えられない。絶対に、おかしい。 −−− 「瀬戸くんテスト出来た?」 「あー、まぁぼちぼち」 教室を出る時に目があってしまったという成り行きで、みょうじと廊下を歩く。 「まぁ瀬戸くんは大丈夫だよね。問題はザキだ。場合によっては明日の答案返却があいつの命日になるかもしれない。」 「…ソーダネ」 ザキだけは、花宮みょうじに振り回されることなく今日で人生終了らしい。全く、バカってのは得なんだか損なんだか。 「瀬戸と…みょうじ?」 「あ、古橋ー」 背後から古橋が声をかけてきた。くそ、また要注意人物が… 「みょうじどうしたんだその頭…」 あーあー古橋くんったら聞きにくいことズケズケと… 「…別に、気分転換みないなもん」 「だけど涙が出ちゃう…女の子だもん?」 「誰がバレー部だよ」 「樋口先輩と合わせて2大一昔前の少女漫画だな」 「古橋」 「ごめんなさい」 「………」 古橋って…結構ギリギリゾーンまで踏み込むよな。その発言がギリギリゾーンってわかっているのかわかっていないのか定かではないが。 みょうじも意外と怒らない。たまたまみょうじの機嫌がいいのか、それとも古橋にみょうじを扱うセンスがあるのか。そういやみょうじって、古橋に甘いとこ結構ある気がする。 「みょうじでもピンクの物身につけたりするんだな。好きなの?」 「んー、嫌いではない」 「ふーん、意外だな」 「どうせわたしには黒とか灰色とか暗ーい色のが合ってますよ、けっ」 「え、そんなことないだろ」 「え?」 「それ、俺はみょうじによく似合ってると思うけど」 「………」 あ、今見えた。搬送事件当日の保健室内での様子が見えた。古橋はやはりムッツリだ。更にみょうじは何故か古橋に甘い。よってムッツリ発言ムッツリ行動に無防備なのだろう。つまり古橋は、みょうじの機嫌を良くするスペシャリストであり、同時に花宮の機嫌を悪くするスペシャリストなのだ。なるほど、古橋ムッツリ発言行動→花宮機嫌悪化→みょうじ機嫌悪化、これだ。せっかくみょうじの機嫌をとっても結局花宮経由で古橋はみょうじの機嫌を悪くする。花宮とみょうじが喧嘩する。周りに被害がいく。うーわこいつ死んだ魚と疫病神兼任してやがった。ったく、ダブルワークもいいが職種を選べ職種を。 「…なぁ、それ誰からもらったんだ?」 「え、なんでもらったってわかるの?」 「嫌いじゃないとは言ってもみょうじが自分からそれを買うとは思えない」 「…さすが瀬戸くん素晴らしい分析だね」 さり気なくみょうじの髪に手を伸ばす古橋と、それに関してなにも言わないみょうじに、俺もなにも言わずちょっと気になっていたことを聞いた。贈り主が俺の予想と的中している場合、答えてくれない気がしてならないが。 「で、誰から?」 「んー、内緒。じゃあね。」 やはり教えてはもらえず、駅に着いた瞬間に一言告げてみょうじは俺たちとは反対側のホームの階段を降りて行った。 「…あぁ」 「また明日」 でも確かに、みょうじの後ろ姿を見て、これはムッツリとかではなく、細かい水玉が散りばめられたあの淡い桜色のシュシュは、あいつの黒髪によく似合っていると思った。 それでは迷宮入りということで * * * 2013.02.23 |