ふわりふわりと、まるで舞うように。
「川西?」
みょうじが振り返った拍子に、みょうじの履いてきた長いスカートが揺れた。それは、非常に軽い素材で出来ているのか、みょうじが歩くだけでも小さく揺れるのに、振り返るなんて動作をしようものなら、美しく遠心力を効かせて広がり、重力に乗ってふわりと落ちた。
「ねえ川西ってば、聞いてる?どこ見てんの?」
「……え?あぁ、ゴメン」
みょうじが怪訝そうな顔を向けてきているのに気づき、川西は漸くスカートから視線を外した。その揺れを目で追ってしまっていたのは、殆ど無意識であった。
ちょっとイイな、と密かに思っているみょうじと、偶のオフの日に二人で出掛ける約束ができてしまった。これは、もしかしなくてもデート、というやつだろう。
初めてのデートに浮かれ半分、緊張半分。いつも教室で話してるやつだし、別にそこまで好きな訳じゃないし、と自分に言い聞かせて冷静を装ってはいるものの、初めて学校以外の場所で、私服姿のみょうじとデートする、というのはどうにも普段通りとはいかないようだ。だって長いスカートがあんなにふわふわ揺れるなんて、知らない。
「あー分かった、川西緊張してるんだ」
「してないよ」
「自分から誘ったくせに」
「普通、誘った方が緊張するんじゃない?」
「やっぱ緊張してるんじゃん」
みょうじは揚げ足取ったり、といたずら顔で笑った。みょうじはあまり緊張しているようには見えず、少し悔しい気もしたが、双方緊張して気まずい空気が流れるのもやりづらいので、これはこれで良かったのかもしれない。そう思い直し、川西は「ちょっとだけ」と認めてみせた。
「川西も緊張するんだねえ」
「そりゃ人間だし、緊張ぐらいするよ。試合の前とかだって、いつも緊張してる」
みょうじが前へ出たのか、川西が後ろへ下がったのか、いつの間にか前後に開いていた差を、どちらからともなく埋め、並んで歩き出す。けれど、この距離が近いのか、遠いのか、川西には分からなかった。
「へえ、見たいな、緊張してる川西」
「えー性格悪」
「うそうそ、緊張してる川西は今見てるから、バレーしてる川西も見たいな。教室の眠そうな川西じゃなくてさ」
「……俺、バレーしててもたまに眠そうって言われるよ」
「そうなの?真剣な川西が見られると思ったのに」
「やだよ、なんか恥ずかしい」
少し口が尖ってしまったのを自覚しながら答えれば、みょうじは、えー、けち、とまた笑った。
なんか、今日のみょうじかわいい?……なんて、そんなこと、思ってしまっても口に出せるほどプレイボーイではなく、川西は意図的にみょうじから視線を外した。
「みょうじはさ、休みの日は結構出かけたりするの?」
「え?うーんそうだなあ、」
川西から話題を変え、質問を投げかける。みょうじは折った指を口許に当てながら考え始めた。その隙に、またみょうじを盗み見る。みょうじのスカートはみょうじが脚を前へ出す度に相変わらずふらふらと揺れたし、川西の目線からは伏せたようにも見える、その瞼を縁取る睫毛は長い。もっと近づいたら、いい匂いとかするのだろうか。
「自分からはあんまり出かけないかな。誘われたら大抵は行くけど」
我ながら変態的なことを考えていると、みょうじからは意味深な答えが返ってきて、一瞬心が曇る。誘われたら大抵は行く、って。
川西は、教室ではみょうじと仲が良い方であると自負していたが、それでもみょうじがフリーで、しかも誰からも狙われていない保証などないではないか。
「……結構誘われたりするの?」
「うん。仲の良い子とは、一緒に買い物行ったりするよ。あ、でも男子と二人で出掛けるのははじめてかな」
みょうじはそう言ってはにかんだ。照れているようにも見えた。
その表情にも、川西がはじめてだ、ということにも、胸が締め付けられるような、嬉しさのようなものが湧いた。
しかし、同時に悔しさも感じた。川西もみょうじもはじめてだというのに、みょうじの方がなんだか上手(うわて)みたいだったから。
「……ふーん」
「……なんだよその顔は」
「はじめての癖に、どこで覚えてくるのそんな言い回し」
川西は、人と出かける頻度を質問しただけで、男とも出かけたりするのか、とは聞いていない(まあ、それが知りたかったのだが)。のに、そんな答え方、まるで川西を一瞬不安にさせておいてから安心させる、というテクニックのようだ。
「なにが?」
「男とははじめてだよなんて」
「え、あ、そう言われるとなんか、私遊び人みたいだね」
「いや、そうとは言ってないけど」
「…………ごめん、さっき川西のことからかったけど、認める。その、私もちょっと意識しちゃって……だって、ほんとにはじめてだからさ。こういうの」
みょうじは、手を後ろに組み、俯きながらもじもじと言った。
「だから、ついそんな言い方しちゃったのかも。もう、やだなあ」
そして、困ったように眉尻を下げて、笑いながら川西を見上げた。
その表情を見て、川西は、よっぽど自分の方が意地の悪いことを言ってしまったことに気づいた。
「……素直だなあ」
川西は乾燥した両手で顔を覆い、立ち止まって呟いた。それから指をずらして、隙間からみょうじを見る。目が合う。あぁ、やっぱり。
「……かわいい」
「え?」
「今日のみょうじ、かわいい」
「……えっ、え!?」
みょうじの言葉を借りれば、自分から誘った癖に、なんのプライドを守っているのか。プレイボーイになる必要はないだろうけど、せっかくデートに誘い出すことに成功したのだ。普段より素直に気持ちを伝えても損はないだろう。
「かっ、川西そんなこと言うキャラだっけ!?」
見るからに焦り出したみょうじの顔は瞬く間に赤くなった。自分の顔も赤いかもしれない、と思ったけれど、川西は顔を覆っていた両手を下ろした。
「かわいいカッコしてくるし、かわいいことしたりするから、なんか調子狂う。……ゴメン、俺もはじめてだからさ、うまくリードとかできないかもしれないけど、頑張るから。今日、帰りまでよろしくお願いします」
みょうじは目をぱちくりと瞬かせた。それから、赤い顔そのままに、なんで最後敬語?と笑った。
「こちらこそ、至らぬ点もあるかと思いますが、帰りまでよろしくお願いします」
少し首を傾げながらみょうじが言うのに合わせて、スカートがふわりとまた小さく踊った。
それから、二人示し合わせたように照れ笑いをして、また歩き出した。
隣からは、シャンプーの匂いなのか、甘い、いい匂いがした。
砂糖菓子のワルツ
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20200115