木葉秋紀という男が、好きだ。
その金色に透ける細い髪も、薄い唇も、節くれだった指も、体温も、匂いも。木葉秋紀を形成する全てが愛おしい。
「……んな見られたら穴開くっつの」
木葉が前触れなく振り返る。覗かせたのはややむくれ顔だ。
「どうして私が秋紀のこと見てるって分かったの?秋紀背中にも目があるの?」
「黙ってたが実はな」
「ええ?知らなかった」
なまえはくすくすと笑った。
「どの辺?この辺?」
なまえは木葉の背中にもあるという目を探して指をつつと這わせる。
「ちょ、おま、やめろ」
上から下へ、背骨をなぞるように指を這わせれば、木葉は擽ったそうに身を捩らせた。
「なに、構ってほしいの」
「ん、別に」
「あ、そ」
木葉はなまえの返事を聞き、再び前へ向き直った。
ローテーブルの上には木葉のノートパソコンが置かれ、木葉の手はキーボードの上に乗せられている。
木葉のベッドに横たわるなまえからは、ディスプレイに何が表示されているかまではよく見えないが、何やってるの、と首を突っ込もうとは思わなかった。会話が途切れる。
傍にある掛け布団には、木葉の匂いが染み込んでいる。あと、つい最近干したのだろうか、太陽の匂いもした。
木葉の髪の下からは白い項(うなじ)が覗いていて、少し俯いているからか、骨が薄くぽこりと浮いている。手を伸ばして触れてみたくなったが、我慢することにした。
触れられたい。触れたい。
木葉と二人でいると特に、どちらも湧き上がってくる欲求ではあるけれど、なまえの場合は、後者の欲求の方が強いらしい。或いは、原因はなまえの性癖にではなく、木葉の華奢な身体つき、それと対比で際立つ男性らしさにあるのかもしれない。
まるで思春期の男の子のように、折に触れてなまえは木葉への欲求をもたげさせていたが、いくら二人きりだからといって、自身の欲求に毎度従っていれば、いずれ愛想を尽かされてしまうであろう。なまえの思春期と呼ばれる時期はいくらか前に終わっているので、なまえは、恋人との適度な距離が大事であることも、依存のし過ぎは良くないということも知っていた。木葉のことは大切にしたい。
しかしその白い首は、細い髪が掛かり、中性的とも言えそうだが、正面に回ればしっかりと喉仏が出ていて、そこから低い男声が発せられる。その首に腕を回せば、背中はなまえよりも広く逞しいのだ。
……ああ、なんて、堪らない。
「……随分な熱視線だな」
手は出さずに木葉の首回りに視線を向けていたら、それがゆっくりと回って喉仏が見えた。視線を少し上げれば、木葉と目が合う。
「……もう終わったの?それ」
それ、と目線で指したノートパソコンを、木葉は右手でぱたりと閉じた。
「ん、それに身の危険も感じたしな」
「やだ、気をつけてね」
「どの口が言うんだよ」
木葉は元々細い目を更に細めて笑った。男の人に使う言葉ではないとは思うが、妖艶、と表すのがぴったり当てはまるような笑みに、思わず喉が鳴りそうになった。
「……秋紀、」
「ん」
「秋紀に、触りたい」
「……なんつー顔してんだよ」
なまえの申し出を受け、木葉は照れたように唇を結んだ。その表情を都合良く了承と解釈したなまえは身体を起こし、そっと木葉の髪を撫でた。
「じっとしててね」
「はいはい、お前も物好きね」
木葉は諦めたように小さく溜め息をつき、再び前を向く。なまえはベッドから降り、木葉の背後に膝立ちになった。先程までよりも近い位置に、木葉の髪。感触を丁寧に確かめるように触れ、それから先程我慢した、項の骨を撫でる。皮膚が薄くて、硬い。そこから前へ指をゆっくりと滑らせ、喉仏に触れる。ここも硬いが、骨とは違う硬さだ。今度は上へ、顎を伝って、唇に触れる。ここは柔らかい。
それから、両腕を後ろから木葉の首に回し、ゆっくりと力を入れた。息を吸い込むと、木葉の匂いが肺一杯に広がった。
「……なまえ、」
「ん、なに」
「一回離して」
名残惜しかったが、そう言った木葉に素直に従い、一度腕を緩める。やり過ぎただろうか。
「お前、触り方やらしーんだよ」
「ごめん、やらしい目で見てたから」
「もういいだろ、今度は俺の番」
木葉はそう言い切り、身体をなまえの方へ向けた。
「じっとしてろよ?」
そう言って木葉はまた笑ったが、今度は妖艶とは言い難い表情をしていた。
「……やだ秋紀、男の子みたいな顔してる」
「俺もオトコノコなもんでね」
その視線になまえは諦めて両手を上げ、降参のポーズを取った。それを見て木葉は満足げに頷き、なまえに手を伸ばす。
木葉の手のひらがなまえの顔の輪郭に沿うように触れ、そのまま親指で唇をなぞられる。木葉から目を逸らすことができず、ぞくりとした。
なまえは木葉の獲物となる覚悟を決め、木葉から与えられる感覚に身を委ねた。
捕食
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20200106