※甘さの欠片もない、ひどい 三箇日も過ぎて、そろそろ正月番組も飽きてきたとある日の午前10時、電話がかかってきた。 「もしもし」 「…清志くん…会いたい…」 「…は?」 「清志くんに会いたいの…今すぐ」 電話の主は高校の時より付き合っている彼女からで、弱々しい声で突然俺に会いたいと言う。 「…なんかあったか?」 「…彼女が彼氏に会いたくなっちゃダメなの?」 「…分かったよ。今から会いに行く」 「ほんと…?嬉しいありがとう!あ、ウチ鍵空いてるから勝手に入ってきていいよ!じゃ、待ってる!早く来てね!」 「…」 いとこいし 「…おい」 「ん?あー宮地ーちょう待ってたよー」 言われた通り鍵のかかっていない家に勝手に上がり込むと、大量のハガキにまみれた彼女がボールペンを握りしめて炬燵に突っ伏していた。 「年賀状が書き終わらない…手伝って」 「帰るわ」 「あーだめだめちょっと待ってよ!!!」 まあ大体こんなこったろうと想像はしてたけどな!! 眼下に広がる惨状に思わず叫びたくなってくる。 なーにが「清志くんに会いたい…」だよ轢くぞ!!!! 「取り敢えず炬燵入ろ?寒かったでしょ?外」 「…」 「そうだ飲み物淹れたげるよ!何がいい?えっとねー、コーヒーと紅茶と緑茶があったはず、」 「…じゃあコーヒー」 渋々答えながら炬燵に足を入れる。 彼女は、俺を半ば強引に炬燵に押し入れてから、どたどたとキッチンに向かって行った、のだが。 「…あっゴッメーン!コーヒー切れてたわ!これ空袋だ!」 彼女は空のインスタントコーヒー袋をひっくり返しながら言った。 「…じゃあ、緑茶」 「…あっゴッメーン!緑茶も切れてたわ!これ空缶だ!」 彼女は空のお茶っ葉缶をひっくり返し、底を手のひらでぽんぽんと叩きながら言った。 「紅茶!!!」 「…あっゴッメーン!紅茶も切れてたわ!これ空箱だ!」 彼女はティーパックが入っていたであろう空の箱をひっくり返しながら、言った。仕切りの紙がはらりと床に落ちた。 「水でいい?」 「いい加減にしろよお前!!!!!」 こいつは本当に俺の彼女なのか!?俺シュミ悪っ!!!!彼氏こんだけおちょくる女のどこがいいんだ俺!!!!我ながら理解に苦しむ!!!!! この思わず叫ばずにはいられない惨状に、そう頭を抱えていると、コトンと、ガラスと木の触れる音がした。 「はい、幸せの水。これを飲むと幸せになれるよ」 「どこの悪徳詐欺師だお前。水道水だろ」 「あ、そうだ、宮地あけおめー」 「タイミングおかしい」 「今年もよろしくね」 「今年もお前とよろしくやってく自信ねーわ俺」 「宮地ならできる!寧ろ宮地にしかできないよ!」 「…」 彼女はガラスのコップに汲んだ水道水を無造作にテーブルの上に置き、またそろそろと炬燵の中へと入っていった。 「そんでここに今年きた年賀状積んであるからー、こっちのハガキに住所とか書いてってほしいんだけど…」 「おい誰が手伝うっつった」 「…えーじゃあ宮地今日何しに来たの?」 「テメェが会いてーっつーから来てやったんだろ!!!!!!」 「そんな優しいところが大好き!それで書き終わったハガキはこっちに置いとぶぅ!!!」 「おい…軽口ホイホイ叩くのはどの口だ?この口か?え?」 ペラペラ動く口を縦にぐわしとつまむ。あ、思わず手が出てた。 「んー!むーすぬーすんだおー!!」 手が出てしまったものは仕方がない。俺の手によって激しく3を形づくっているその口が、くぐもった声で何か叫んでいるのを、観察する。 「は?なに?なんだって?」 「ちあ!ちあ!」 「なにお前とうとう頭湧いた?」 コイツが何を言っているのか全然分からない。分かるのは3が激しく上下に伸び縮みしていることくらいだ。 「あ」 「はぁ…はぁ…」 しかし、俺が3の動きに気をとられているうちに横から彼女の手が伸びてきて俺の腕を取っ払ってしまった。 「ふん、私にはまだ宮地に対抗できる腕があったんだからね」 「気づくのおせーよバカ」 「ひどい清志くん…!!私今まであんなに尽くしてきたのに…!!!」 「正月早々ほとんど騙すように人呼び出して寒空ん中走らせてあったけー飲み物も出さないお前のどの辺が尽くしてるんだ?」 「愛ゆえの行動ですすべて」 「そんな歪んだ愛いらねえ」 「…」 彼女は再び炬燵に突っ伏す。どうやら落ち込んでいるようだ。 おかしい、どうしてお前のHPの方が先にゼロになるんだ。 「清志くん…アナタ私のこと愛してくれてないのね…。DVも…きっとあれがアナタの愛情表現なんだと思って耐えてきたけど…もう耐えられない…!!…私たち…もう終わりにしましょう…」 「おーわかった、達者でやれよ」 「うそ!!うそうそうそですごめんなさい!!!」 俺が炬燵から出て身支度を整えようとすると彼女は全力でしがみついてきた。もうやだこの女めんどくせー。 「…はぁー」 「…」 しかし、彼女は依然俺に巻きついたまま、「逃がさねえぞ」という目でこちらを見つめてくる。 「…分かった、分かったよ。俺たちもう一度やり直そう」 観念して、両手をひらひらと振れば、途端に彼女は笑顔を取り戻した。そして、炬燵に戻り再び突っ伏した。 「宮地…年賀状が書き終わらない…手伝って」 「そこからかよ!!!」 * * * 2013年1月拍手お礼文 |