彼女と別れた。俺から彼女に別れてほしいと告げて、あっさりと、俺たちの関係は切れた。俺の申し出を承諾した時の彼女は悲しそうではあったがどうしてか笑っていて、俺の方が眉間に皺を寄せて下を向いて唇を噛みしめていた。 * 「日向、」 「あ?」 「みょうじと別れたって本当か?」 「…」 俺の耳はいつもの下らないダジャレを聞く体勢に入っていたのに、予想に反して伊月が俺の一番新しい傷に触れてきたものだから言葉に詰まる。 予想出来ていても、言葉なんて出てこなかったかもしれないけど。 「最近日向の様子おかしかったから、みょうじに聞いたら「別れた」って…」 「…あぁ、別れた」 なまえと別れた。これは紛れもない事実。それ以上でもそれ以下でもない。そういう事実だけなら言葉に出来る。 けど、私情とか予想とか、そういうのが少しでも入った言葉は口にしたくなかった。 「…日向から切り出したんだって?」 「…あぁ」 「よくそんな勇気あったな」 「うっせ」 「…なんで?」 「…」 「好きなんじゃないの?」 「…」 「…まぁ、人の恋路にとやかく言う気はないけどさ、あんま難しく考える必要はないんじゃないのって、俺は思うよ。それだけ」 別に、難しく考えてる気なんてない。ただ、なまえとはもう付き合えないって思っただけで。 好きな子ぐらい、またすぐに出来る。あいつだって、俺よりもっといい奴すぐに見つけるだろう。辛いのは今だけだ。大丈夫、時間が解決してくれる。 毎週末、練習が終わった後にみんなで木吉の見舞いに行くのが習慣になっていた。 なまえと別れる一月(ひとつき)ほど前、木吉は入院した。試合中の人為的な事故によって。 木吉が抜けた穴を気合いだとかやる気だとかで埋められる訳もなく、その後の試合はただただ点を取られ続け、負けた。 落ち込む俺になまえは何も言わず、ただ側にいてくれた。 木吉が怪我をしてから3ヵ月ほど、なまえと別れてからは2ヵ月ほど。みんな徐々に立ち直りつつあるようだが、俺は一向に駄目。ボールに触れると胸が痛む。なまえの後ろ姿一つ見ても胸が痛む。何をしていても気分が晴れない。 そんな日々を送りながらも、今日もみんなで見舞いに来た。しかし、そろそろ帰ろうかとなったところで木吉が俺を引き止めた。ちょっと話したいことがあるから日向だけ残ってくれないかと。 「…で?なんだよ話って」 「なまえと別れたんだって?」 「…」 あぁ、またこの話題。もういいじゃねーか、済んだことは。 「…今の日向見てるとさ、入学したばっかの頃思い出すよ」 「…」 「変な髪型しちゃってさ、無理に遊ぼうとしてさ、無理やりバスケから離れようとしてたよな」 「…お前、俺がどこに逃げてもバスケ部バスケ部って湧いて出てほんと鬱陶しかったわ」 「え、そうだっけ?」 「そうだったろうが」 「…でも結局日向はバスケ大好きだった訳じゃん?」 「…それが春とどう関係あんだよ。今はバスケ辞めようなんて思ってねぇぞ」 「…じゃあなまえは?」 「…」 「本当はまだなまえのこと好きなのに無理やり離れようとしてる風にしか見えん……って、リコたちも言ってた」 「…ハァー」 んだよ、カントクたちの差し金かよ。ったく、余計なお世話だっつの。いくら木吉とはいえ病人ダシに使うなよ。 深いため息をつきながらその辺にあったイスを引き寄せて座る。 「見てて痛々しいのよ!だってさ」 「…うっせ」 「…で、どうなんだ?」 「…なにが」 「なまえのこと、まだ好きなのか?」 この2ヵ月間、他の子を好きになるなんてこと、これっぽっちもなかった。いつも、何かが足りない気がしてた。なまえの後ろ姿を見つけた時、目を逸らしてなまえが視界に入らないようにする自分とは別に、今すぐ走っていって後ろから抱きしめてしまいたいと思っている自分がいた。 どう足掻いても俺はまだなまえが、 「…好きだよ」 ぼそりと本音を零した。 「…だろ?じゃあ一緒にいりゃあいいじゃん」 「…辛ぇんだよ。好きだけど、俺はなまえに何にもしてやれねーし。なまえは…俺にこんなにしてくれるのに、俺は…って、情けなくなる」 「…」 「…」 「…だってさ、なまえ」 「…え」 は?なに?なまえ? 「…おーいなまえー?もう出てきていいぞー?」 木吉が俺とは反対側のベッド脇を覗き込む。 「なまえ!?どうしたお腹痛いのか!?ナースコール押すか!?」 「…黙っとけダァホ」 再び深いため息をついてから重い腰を上げる。ベッドの反対側に移動すれば案の定、なまえがうずくまっていた。あーあー全部聞かれてたのかよ恥っずかし。 「…なまえ、」 名前を呼んだら、びくりと反応した。が、顔は上げない。 「…木吉、悪ぃけど今日は…」 「あぁ、また来週な」 首を鳴らしつつ木吉に断りを入れると、いつもの脳天気な笑顔を向けられた。まったく、どいつもこいつも… 「帰んぞ」 なまえの頭を撫でてから手をとれば、相変わらず顔は上げなかったがちゃんと自力で立ち上がった。そのまま手を引いて病室を出る。 俺は早歩きで、その後ろをなまえが小走りで廊下を歩き階段を下りる。しゃくりあげる声がたまに聞こえる。泣いているのだろうか。 誰もいない中庭まで来てようやく歩みを止めた。握っていた手を離してなまえに向き直る。 「…顔、上げろよ」 しかしなまえはふるふると首を横に振り、顔をあげようとはしない。 「…さっきの話さ、聞いてたよな…」 なまえは反応を示さない。多分、YESととっていいのだろう。 「なまえ、」 彼女の両肩を掴む。すると驚いたのか顔を上げた。 初めて、なまえの涙を見た。 「さっき言った通り俺はお前に何もしてやれねー。けど、好きだ」 「…」 「ごめん、やっぱり好きなんだよ。一緒にいたい」 「…」 「…」 「っ、ふ…っ、じゅんぺ…っ」 彼女の瞳から、大粒の涙が零れた。 「じゅんぺ、好き…一緒にいたいよ…っ」 あぁ、俺は何をしていたんだろう。彼女の涙にも気づかずに今まで。 でも、これで完全に立ち直れた。 また本気でやってみよう。 やってやる。 抱きしめることをずっと躊躇っていた彼女を腕の中に閉じ込めながら強く、強く、思った。 フォーエヴァー * * * フォーエヴァー/moumoon 2013.01.07 |