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「ねぇ和成、キスして」



高校を卒業して、彼と一緒に住むようになってから暫く経つ。和成は高校の時からそれはもうどろどろに甘やかしてくれるのだけれど、最近なんだか物足りなくて。手を繋ぐにもキスするにも何するにも全部全部、和成は優しい。優しいのに少し不満だなんて贅沢すぎるのかもしれないけれど、長年甘やかされて過ごしたのだからしょうがない。

(たまにはもっと強引にしてくれてもいいのに)

そういう意味も込めて、私は付き合って以来初めて、自分からキスをねだった。



「…え、」



机に向かってレポートを作成していた和成が振り返る。目を見開いて、驚いているようだ。



「…今なんて?」

「だから、キス、してほしいの」

「…」



和成は口を開けたまま私を数秒見つめたあと、パソコンを閉じて、心配そうに近づいてきた。



「なにかあった?」

「…なにもないよ」

「じゃあどうしたの?なまえからそんなこと言ってくれるなんて初めてじゃね?」

「…ただ和成のキスがほしくなっただけ、だよ」

「…可愛いこと言ってくれんじゃん」



和成はニヤッと笑って、そっと私の頬に手を添える。目をつむるとそれはそれは優しいキスをしてくれた。



「好きだぜ、なまえ」

「…うん」



目を開けると、和成が笑っていてまた私を甘やかす。私から好きって言うことなんて滅多にないのに、和成はことあるごとに心のこもった「好き」を言葉にしてくれる。



「あ、じゃあ俺そろそろ行ってくんね」

「え?」

「あれ?高校ん時のバスケ部の人たちと会ってくるって言わなかったっけ?」

「…あ、そういえば」



言ってた。
もう少し、私の気持ち伝える努力したかったんだけど、しょうがないか。



「だいじょーぶ、すぐ帰ってくっから」



和成は、優しくぽんぽんと私の頭を撫でた。



「…うん」

「…ねーなまえ、今日帰ったらさ、しよっか」

「…え」

「いや、さっきのなまえが可愛くってさ」

「…」

「…」

「…いいよ」

「ほんと?じゃ、楽しみに帰ってくるわ」

「ばかじゃないの」

「馬鹿で結構。じゃ、行ってくんな!」

「…うん、いってらっしゃい」



和成は甘い約束をとりつけて、いってきますの優しいキスをして、それから家を出ていった。ドアが閉まる音を聞いて一呼吸おいてから小さくため息をつく。



「…どうしてこう優しいかな」



ぽつりと呟いて、和成が先ほど閉じたばかりのパソコンを開き、私もレポート作成にとりかかる。


和成は、今までどれだけのことを私にしてくれただろう。風邪引いたら必ず看病してくれるし、朝起きたら必ずあったかい飲み物入れてくれるし、料理作ってくれることもあるし。キスする時だって、その…する、時だって、私を一番に考えてくれるし。私が気持ちよくいられるように、痛くないように、全部全部やってくれる。

私だって和成が好きなのに。たまには自分一番になれないのか。和成は優しすぎる。私にしか叶えてあげられない和成のわがままとか、聞いてあげたいのに。

あぁやっぱり、不満だ。



「…」



窓の外を見ると、もう日は落ちていた。そろそろ夕飯作ろうかな。今日は和成いないから適当でいいや、なんて思いながらパソコンを閉じる。
和成のことばかり考えていたせいで、レポートなんて全然進まなかった。




適当につくった夕飯を、彩りとか見た目とか何にも気にせずにただお皿に移して食べた。本当はそれすらも面倒で、お皿にも移さずにそのままキッチンで済ましてしまおうかと思ったけど、流石にそれは止めておいた。



「…」



早く帰ってくる、って。早いってなんだ。抽象的すぎてわからない。まさか日付変わる前だったら早いとか言わないだろうな。一人で夕飯を済ませたあと、一人ソファに座って考えを巡らせる。



「ただいまー」

「!」



あぁよかった。ちゃんと帰ってきてくれた。…8時半、ね。うん、よし、これは早い。



「おかえり」

「ただいま」



玄関まで迎えにいくと、いつも通り、ただいまのキスをくれた。いつも通り、優しいやつ。



「…」

「……ねーなまえ、やっぱなんかあったっしょ?」

「え?」

「ここ最近ちょっと変だったけど、今日は特に変。」

「…」

「…俺何かした?」



和成は心配そうに私を下から覗き込んだ。
まず和成の話聞いて、お風呂入って、いろいろ落ち着いてから話してみようと思ってたのに、全部後回しになりそうだ。



「…あのね、」

「うん」

「和成、優しすぎる…」

「…へ?」

「全部私のこと一番に考えてくれるでしょ…もっと自分のことだけ考えてる日があってもいいのに…って思う。」

「…」

「私は…和成だったら、平気、だから…」

「…」



和成は滅多に見せない真顔で私の話を聞いたあと、強い力で私の腕を掴んで引き寄せた。もう片方の手は私の頭の後ろに荒っぽく添えて、そのままキス。すぐに和成の舌が唇を割って入ってきて、私の舌に絡んできた。初めてベッドの上以外でディープキスをされたことに驚く余裕なんて無くて、和成の勝手気ままに動き回る舌に応えることだけで精一杯だった。和成はディープキスといえども、ベッドの上といえども、いつも優しいのだ。こんな息が苦しくて涙が滲むなんて経験はない。
完全な未経験ゾーンに頭が回らなくなってきた頃、唇だけやっと解放してもらえた。体が酸素を求めて荒く呼吸を繰り返す。



「…俺が自分のことだけ考えるとこうなるよ。いいの?」



和成はいつもより低い声で私に問いかける。ここまでしといて、私がやっぱり嫌だと言ったら和成は戻れるのだろうか。



「…ん、だいじょぶ」

「…あ、そ?知らねーよー?」



和成はニヤリと笑って、私の膝の裏と肩に手をやり持ち上げた。



「…え?」

「なに?もう取り消し不可だぜ?」



そのまま寝室に連れて行かれ、ベッドに荒々しく押し倒された。全部の行動がそっと、とか優しく、とは無縁で、いつもと違う和成にぞくりとした。これは恐怖なのか期待なのか。



「なまえから誘ったんだかんな?俺もうスイッチ入っちゃったし泣いても何しても止めてあげらんねーから。朝までよろしく。」





翌日、私が人生で一番後悔したのは、言うまでもない。






幸福回路を繋いで
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2013.01.03