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絵に描いたような良い男。
赤司征十郎がどんな男かと問われれば、私はそう答える。いや、私だけでなく、同じ質問を投げかければ、彼を知る人物の大多数がそう答えるだろう。容姿、頭脳、運動神経、人を惹きつける魅力。どれを取っても申し分ない。
…まあ、そんな彼が私の恋人なのだが。

誤解されても困るので先に弁明しておくと、これは別に自慢でも惚気でも何でもない。
ただ、誰が見ても良い男と付き合ってるすごい普通の女が言いそうなことを今から言うのだが、何故私なのか、という疑問がずっと、赤司征十郎とお付き合いという運びになってから今の今までずっと、解消されない。貴方にはもっとお似合いの人がいらっしゃるでしょうと。そう思えてならない、いや、そうとしか思えないのだ。

では、私は赤司征十郎のことが、恋人として好きではないのか、と問われれば、それは「多分好き」が答えになる。勿論嫌いな訳でも無関心な訳でもないのだが、自信を持って「好きだ」と言うことは出来ない。自分の「好き」に確信を持つことが出来ない。
これが一体どういう感情なのか、自分のことながら把握出来ずにいる。
そんなことをゆるゆると考えていると、隣からするりと腕が伸びてきた。



「…今、何を考えていたの?」



二人がけのソファで、隣に座っていた赤司くんが、ふと口を開く。考えるまでもなく、その腕は赤司くんのもので、赤司くんは私の顔へ手を伸ばしたものの、しかし別段触れることなく私を彼の方へと向けて見せた。隣から腕が伸びてくれば、別に触れられなくても人はそちらの方を本能的に向くものだ。



「…赤司くんのこと」

「…へえ?それは嬉しいね、と言いたいところだけど…今は当の本人がいるんだ。ひとりの世界で考え込まなくても、何かあれば俺に言ってよ」



赤司くんは私の目を見て薄く微笑んだ。相も変わらず整った顔である。



「優しいね、赤司くんは」

「俺は別に優しくなんてない。そんな男に対して「優しい」なんて言葉がけをするのは、まるで振られたような気分になるな」

「私が赤司くんを振るなんてこと、万が一にも無いよ。その逆はあったとしてもね。でも気を悪くさせていたならごめんなさい、謝るわ」

「…いや、俺の方こそ、意地の悪いことを言ってしまったね、申し訳ない」



赤司くんは私の顔の横へ持ってきたままであった自身の腕を、ゆっくりと引っ込めた。そして伏し目がちに、口許に薄い笑みは残したまま、謝罪の言葉を口にした。
遠ざかっていく指が、瞼を縁取る睫毛が、只々単純に、美しいと思った。赤司くんは、中性的、という訳ではないけれど、その所作一つひとつが綺麗だ。



「…どうしたの?」

「…ううん、何でもない。ただ、赤司くんが綺麗だなって思って、見惚れてただけ」



私が黙ってしまったものだから、赤司くんは一度伏せたその美しい瞳をもう一度此方へ向けてきた。神経を捕まえられたかのようにどきりとする。なんだか照れてしまって、今度は私が視線を逸らし、それから正直に思ったことを口にした。



「…はは、男に綺麗だなんて。…なまえの方がずっと綺麗だ」

「やめてよ、そんなこと。逆に虚しくなるよ」

「どうして」

「どうしても」

「…ねえなまえ?」



赤司くんは一呼吸置いて、私の名前を口にした。呼ばれてしまっては私は彼の方へ向かざるを得ない。ゆっくりともう一度、視線を赤司くんの瞳へ持っていく。
捉えられたかのように視線が合った。



「…抱きしめてもいいかい?」

「…」



赤司くんは、巫山戯るでも照れるでもなく、真剣に、そう言った。
「抱きしめてもいいかい」。その言葉を理解した途端、自分が動揺するのを感じた。その中には、恥ずかしさも、嬉しさも罪悪感も、含まれているようだった。



「…いけない?」

「いけなくはないけど…」

「じゃあ構わないね?」

「かっ構う!!」



私と赤司くんの間にあった微妙な距離(30センチ以上はあるだろうか)を、赤司くんは有無を言わせずするりと詰めてきたので、私は慌てて、腕で本能的に防御態勢に入った。



「…ごめん」

「あっいや、私の方こそ…ごめんなさい、」



赤司くんは私の反応を見て、もう一度律儀に距離を置いた。
当たり前だ。今のこの私の言動は、「拒否」だ。私は今、赤司くんを烏滸がましくも傷つけてしまったに違いない。
久し振りに訪れた赤司くんの部屋に、嫌な沈黙を広げてしまう。窓から吹き込む柔らかな風がカーテンを優しく揺らして、それが部屋の雰囲気と酷くアンバランスだ。
ああ、居た堪れない。



「…あの、赤司くん、ごめんね。私…」

「謝らないでよ。謝られると余計に」

「ち、違うの!私が赤司くんを好きじゃないとか、拒否してるとか、そういう訳じゃなくてね、その…」

「…なに?」

「…あ、赤司くんが、私のことを好きでいてくれてる、というのが、未だに受け止められていないというか…信じられない、というか…」

「…は?」

「もし、赤司くんの私への気持ちが、その、一時の気の迷いとかだったら、申し訳」

「馬鹿なの?」



赤司くんが、私のしどろもどろな弁明にぴしゃりと割って入ってきたと思った瞬間、赤司くんのその言葉を理解しきる前に、身体を温かな重みが被さってきた。



「…え、え?あっ赤司く」

「失礼極まりないよ、お前は」

「…」

「なまえの気持ちは勿論なまえが決めることだ。でも、それと同じように俺の気持ちは俺が決めるんだ。俺がなまえのことが好きだって言っていて、抱き締めたいって言っていて、それでなまえが嫌じゃないのなら、もうそれでいいんだよ」



赤司くんは、私を、痛いぐらいに抱き締めている。正直、思考が付いていかない。でも、赤司くんの声も匂いも体温も、いつもよりもずっと近い場所で感じられる。それは、無条件に私を混乱させ、体温も心臓が脈打つスピードも、急上昇させた。



「…嫌かい?」

「えっ、嫌、じゃない、けど…」

「けど?」

「っ恥ずかしい…です…」



こんな、鼻先と鼻先が触れてしまいそうな距離で、赤司くんを直視することなんて出来なくて、私は思わず赤司くんの胸に顔を埋めてしまった。なんて恥ずかしい応急処置だろうか。すると、自分の頭のすぐ上で、赤司くんが小さく笑うのが感じられた。



「…逃げないでね、なまえ」



どうやら私は、自分が思っている以上に、赤司くんのことが好きらしい。




/20180708
イメージソング : 愛を伝えたいだとか / あいみょん