log | ナノ


「イヤや!!!小春!!!小春ぅぅぅぅぅぅ」

「一氏くんさっきからうっさいで」

「じゃかあしいわクソアマァ!!!黙っとれ!!!!」

「振れ幅がすごい」



爪でガリガリと開かない扉を引っ掻きながら泣き叫んでいた男は、振り返ってクワッと鬼面を見せた後、またすぐに「小春、小春」と泣きじゃくり出した。こいつヤバイでほんま。知っとったけど。私は一氏くんの三歩後ろで、ため息をついた。



「一氏くん運動部やろ、その扉蹴破ったりできへんの」

「お前運動部なんやと思ってんねん死なすど」

「一氏くんにわざわざ殺されなくてもこのまま状況変わらんかったら自動的に死ぬっちゅーねん、アンタもやけどな」

「イヤや!!!!小春ぅぅぅぅぅぅ」



私はため息をついた。埒があかないので、どうしてこんな状況になったのかという回想に入ると、それは放課後の掃除中に起きた。私たちの班が割り当てられた掃除場所は図書室で、班員みんな(というか金色くんと一氏くん)でナントカポッターのマネとか言いながら箒に跨りつつ仲良く掃除(掃除?)をしていた。そして当たり前のようにクディッチやんでという流れになり、「おいブラッジャーが図書準備室まで飛んでったで、取ってこいビーター二人」という流れになり、いつの間にかビーターになっていた私と一氏選手で図書準備室まで入って、よっしゃブラッジャー捕まえたで、ってなってドアを開けようとしたら開かなくなってました。

以上です。回想終わり。

…せやな、なんでドア開かへんねん、ってツッコむ前にツッコまなアカンとこぎょうさんあんのは私も分かっとる。何が悪かったんやない、何もかもアカンかったんや。おまけに扉の向こうからは奴らの声どころか物音一つせえへん。…これ、私らハメられたんとちゃう?なんちゅー悪質な競技。全く、叶わんわ。



「一氏くん、一応聞くけど携帯持ってへんの?今」

「んなもん教室に置いてきたに決まっとるやろが」

「小春も携帯も無い、と。アンタ丸腰やんな」

「お前もやろがど突くど。それに小春は愛の力で絶対に助けに来」

「オラァ!!男見せろや一氏ィィ!!!!」



瞬間、一氏くんの言葉を遮り、ついでに一氏くんの顔各種パーツを吹き飛ばす程の勢いをもった険しい声色がびりびりと空気を震わせ、それとほぼ同時にバチンと照明が消えた。

…は?



「…え、何ちょっと今の、扉の向こうからオッサンみたいな声聞こえたんだけど」

「オ、オオッ、オッサンがおったんやろ」

「アンタの名前呼んでた気するんやけど」

「おおお前耳腐ってるんとちゃうか呼ばれてへんわ断じて」

「何急に焦っとんねん、暗いの怖いタチなん?」

「あせせせ焦ってへんわ死なすど」



一氏くんは一々喋りだしをどもらせ、顔を赤くしながらガンを飛ばしてきた。アカンわこいつ、ごっつ焦っとる。



「…はいはーい、ユウくん暗いの怖いのお?大丈夫でしゅよーママが隣にいてあげましゅからねー」

「お前がユウくん言うな、きしょい」

「そこかよ」



瞬間、一氏くんははっきりとした口調に真顔で応対してきた。色々とズレている気はするが、一先ずは落ち着いて良かっ、



「ッダァァァァァァ!!!!!」

「って落ち着いてへんのかーい!!!なんやねんアンタ!?水木二郎か!!!!」

「それはゼェェェェェェェッ!!!!!」

「やかましわ!!!!!」

「ハァ、ハァ、ハァ…」

「体力少なめか!!!!何息切らしとんねん」



一氏くんは頭を抱えてうずくまった。アカンわこいつ、手に負えん。そう自覚した途端、ふっとツッコミのテンションの糸が切れるのを感じ、私もその場にへたり込んだ。先程までのやかましさとは一転、最早美しさすら感じさせる程のコントラストを成した静けさが、図書準備室を包む。



「…なんや、ほんまは此処を出る手段考えたいのに、アンタの行動が奇想天外過ぎてそっちにばっか気ィとられてまうわ」



立てた両膝の間に顔を埋めて殆ど仮死状態の一氏くんに向けて、ぽろりと零す。すると、一氏くんはぴくりと肩を揺らして顔を僅かに上げた。



「…俺、知ってんねん。此処出る方法も、なんでそもそもドアが開かへんくなったんかも」

「…は?先に言うてや何やそれ」

「っ小春や…」

「は?」

「小春がヘタレの俺の背中にロケットを搭載させたろうとしてるんや…」

「はぁ、」



一氏くんは頭を抱えながらぽつりぽつりと零す。何を言っているのかはイマイチ、というかさっぱり分からん。ただ、こうなった原因を彼は知っているのだ、ということは分かった。
視線を落とす一氏くんを暫く見ていると、突如また顔を上げて目つきの悪い視線を寄越してきた。瞬間、「みょうじ、」と私の名前を呼んだ。先程までとは打って変わり喚いている訳でも、仮死状態な訳でもないその妙に真剣な声と表情に、思わずどきりとする。ちょ、振れ幅すご。こやつ、瞬間芸の達人か。やはり四天のお笑いチャンプは伊達やない。



「ななな何やねん」

「好きや」



ぴしり。瞬間、まるでそんな音が聞こえてくるかのようだった。時間が止まる音のするような。瞬間芸怖いわあ。
…あり?つか今一氏くんなんて言うた?SUKIYA?え、なに牛丼?



「…なんか言えや」

「…まつや?」

「…」

「…」

「コラァ牛丼ちゃうわ今ボケるとこやあらへん死なすど」

「年中ボケさらしとる奴が何言うてんねん」

「せやから、お前が好き言うてんねん、分かれやボケ」

「…」



は?
そんな口の形のまま、フリーズした状態で一氏くんを見返せば、彼の赤らんでいた顔はますます赤くなって、「みみみ見んなやドアホ、変態」と言って両腕で自身の顔を隠した。



「…」



その状態のまま、依然私はフリーズをかましており、一氏くんは顔面を両腕で覆っている。物音一つしない。
やめろ、やめてくれ、こんな静かなん、流石に心臓の音聞こえてまう。



「…」



どれくらいそうして息をお互い潜めていただろうか。先に痺れを切らしたのは一氏くんの方で、ちらりと、実は目つきの悪いその視線を、恐る恐るこちらへ向けてきた。



「…お前、顔真っ赤やんな」

「うっさい一氏くんやって赤いもん」

「俺は口で言うたからええねんドアホ、お前、その、アレやで、その反応はアカンで、勘違いすんで俺」

「ややややめてや一氏くん、アカンわ、なんでアンタ近づいてくるん死ぬ、わたし死ぬ、寄るな死ぬ」

「アカンわ、これはみょうじが悪いわ、一遍死ね」





色気づいた自惚れ





(…金色くんと笑いとテニスにしか興味無いんやと思っとったのに、)

(そらこっちの台詞や、普段淡白なお前が、まさかこんな照れくさるとは思わへんやろ、責任とれやドアホ)

(なんや責任て、っちゅーか此処から早よ出な、ほんまに死ぬで)

(ああ、そこの扉なら押さずに引けば普通に開くでドアホ)

(ほんまや…!金色くん関係あらへんやんか、なんやさっきの小芝居)

(やかましわ)


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20171201