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室内から屋外へ出た瞬間、「あ、秋だ」と身体が感じる瞬間がある。あれは一体、何がそう思わせているのだろうか。少し肌寒いと感じ始める気温だろうか。それとも、からりとした湿度、風が運んでくる香り、少し色の薄くなった空、だろうか。

膝を抱えて、そんな秋の空をぼんやりと眺める。あの切れっ端のような薄い雲、昼間だというのに穏やかに降り注ぐ日光。ああ夏は終わったのだ、と思い知らされる。
秋の訪れを肌で感じるのはどこかわくわくする。この秋になって始めておろしたカーディガンの袖をもう今一度引っ張って、膝を抱え、顔を埋める。ふわふわのカーディガンに肌が触れているのが心地よい。ああ、秋だ。
しかし、こんなにも秋を感じて喜んでいるのに、何故か、どこか、心細さを感じる。それも引っくるめて秋。ああなんと不思議なことだろう。



「…」



ふと、隣に目を遣る。其処には、相も変わらず眠りこける瀬戸がいる。こいつが、この昼休みに屋上の日なたで心地良さそうに寝るようになったのも、ついでに言えば秋の訪れを感じられるポイントになる、のかもしれない。ついこの間までは、屋上の日陰でだらだらと汗をかきながら寝ていたものだ。
秋風がぴゅうと吹く。それが、瀬戸の無造作な髪を揺らし、わたしの頬を撫でた。瀬戸はまだシャツ1枚と薄着である。男の子は、まだ寒くないのだろうか。それとも、運動部はまだ寒くないのだろうか。



「…あー…ちょっとさみいな」



そんなことを思っていたら、瀬戸はまるで私の疑問に答えるように口を開いた。今起きたのか、それともずっと起きていたのか。瀬戸愛用のアイマスクがそれを知るのを妨げる。
瀬戸はだるそうにアイマスクを額の上へたくし上げた。眠そうな目が覗く。暫くぼうっと空(くう)を見つめていたが、やがて此方へ視線が移った。



「…何お前、もうカーディガン着てんの」

「…今起きたの?」

「見りゃ分かるでしょ」

「分かんなかったから聞いたんだけど。…カーディガンね、だってちょっと寒くなってきたから」

「ふーん」



瀬戸はそう言うとわたしから視線を逸らし、大きく欠伸をした。どうやら本当に今起きたらしい。それから、「今何時?」と言ってわたしの左手首に手を伸ばし其処にはめてある腕時計を確認した。



「あー…ね、」

「なに」

「あと3分で教室戻る気分じゃねえな」

「ああそう。わたしは戻るよ、じゃあね、おやす」

「いやいや」



おやすみ。そう立ち上がろうとした瞬間、遮るように緩く握ったままだったわたしの左手首に、瀬戸はぎゅっと力を込めた。



「…いやいや」



訳が分からず、そう言い返して瀬戸を見る。瀬戸もわたしを見ていた。



「教室戻る気分じゃねえなって言ったじゃん」

「別にそれは止めないよ、わたしが戻るって言ってるの」

「なんで?」

「おいIQ。あと3分で授業が始まるからです」

「何お前、そんなマジメなキャラだっけ」

「少なくとも瀬戸よりは真面目なキャラだと思うよ」

「そうだろうな」

「なんで聞いた」



瀬戸はわたしの左手首を離さないまま、生産性の無い会話を続けてきた。おいIQ。しかし何故瀬戸がそんなことをしたのか、次の瞬間知ることとなる。
その生産性の無い会話、わたしの最後の質問に答えたのは瀬戸ではなく、学校のチャイムの鳴る音であったのだ。勿論、昼休みの終わりを告げると同時に、5限の始まりを知らせるチャイムである。瀬戸がにやりと笑う。



「…やられた」

「バーカ」

「ちきしょうIQ」

「お前がバカなの」



瀬戸は満足そうだ。わたしは、やや不満である。そりゃあそうだ、せっかく授業出る気あったのに。それから瀬戸は、あと1時間、と言わんばかりにまた大きく欠伸をした。瀬戸の瞳が、わたしをやる気なさげに捉える。



「…おいで」



そう言って、瀬戸はわたしの左手首を引いた。わたしは寝転んでいる瀬戸の上に横から倒れ込むように引き寄せられた。瀬戸の秋風を吸ったシャツと自分の頬が触れ合うのを感じた。シャツ越しに伝わる心地の良い体温も。それから、頭を優しく撫でられる。勿論、その正体は少し冷えているが瀬戸の手である。



「あー…これはいいわ。寝心地、うん」

「…うん」



残念ながら、それは全てが心地よかった。わたしの小さな不満など、すぐに全て溶けてしまった。この秋の空気の中で触れる人の体温というものは、なんて心地がよいのだろう。

お互いの体温、服、心臓の鼓動を感じながら、わたしたちはそっと、微睡みの中へ吸い込まれていった。



揺れる揺れる
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20170924