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「仁王ってさ、何かと言ったら不詳じゃない」

「謎めきたいお年頃じゃき」

「性別も不詳なの?」

「…」



それは、ちょっと気になっている女の子と教室で二人きり、体育をサボって窓際で立ち話という最高のシチュエーションであった。さて、どう仕掛けてやろうかなんて思考を巡らせていた時、彼女はそう問うてきた。「性別も不詳なの?」。
流石の俺もやや自信がぐらついたが、福山と並んで二大ニッポンの雅治と呼ばれるこの俺が、まさか男として認識されていないなんて、そんなことある訳ない。いやいや絶対ない。



「…みょうじ、俺は男子テニス部じゃよ」

「あそっか。じゃあ男か。なんだ性別はオープンなのね」

「性別を隠そうと思ったことは無いのう」

「ふーん、基準分かんな」

「俺が男なのはこの隠しきれない色気からどうしてもバレるじゃろ?まあ、一種の諦めかもしれんの」



落とすなら、今。直感的にそう思って、俺は窓の手すりに肘を置いて頬杖をつく。ややみょうじの方へ顔を向け、身長差をそのまま利用して少し上から流し目で視線をくれてやり、薄く微笑む。どうだみょうじ、これが俺の一番盛れるポージングじゃ。イチコロじゃろ。さあ俺にときめきんしゃい。頬をほんのり赤く染めて照れてそっぽ向きんしゃい。



「ふーん、分かんな」

「なんでじゃ分かれや」



みょうじは此方に一瞥をくれたあと、心底興味なさげにそう言って窓の外に視線を戻した。あーあ折れた。今ので、俺の心はぽっきりと折れた。駄目だこいつは見る目がない。駄目駄目の駄目。



「丸井くんのがよっぽど男っぽくない?」



挙句、みょうじは他の男の名前を出す始末。グラウンドからはピーッというホイッスルの音と、歓声。みょうじの視線の先には、今しがたサッカーゴールにボールを蹴り込んだ丸井の姿があった。



「お前俺に喧嘩売っとんのか、それに丸井は男じゃのうて男児じゃ」

「いやそこに関しては仁王のがガキっぽいわ」

「よし分かったみょうじ、その喧嘩買うぜよ」

「…っふふ、冗談、ごめんごめん」



あまりにみょうじが俺のことを意識しないものだから、思わずこちらも制服の袖をまくって戦闘態勢に入ってしまう。しかしそんな俺の反応を見てなのか何なのか、みょうじは少し目を見開いてこちらを見た後、小さく吹き出して笑った。うわ、可愛い。おいおいマジかいきなりそれは反則じゃろ。



「…」

「ね、仁王、気づいてる?」

「…何がじゃ」

「今、ちょっと顔が赤いの。仁王色白だからよく映える」



意地の悪い笑みとはまさにこのことを言うのだろう。みょうじは目を細めながら、その細い人差し指で俺の頬をぷすりと指してきた。まずい、この女相当出来る。しかし俺としたことが、気づけばのっけからこの空間の主導権は完全にみょうじに握られてしまっている。俺は、情けないことに「からかうんじゃなか」と言ってそっぽを向くことしか出来なかった。



「ふふ、嘘だよ仁王、別に赤くなってないよ」



しかし次に降ってきた言葉に、俺は言葉を失った。くそ、完全にからかわれている。俺も、こんな手に引っかかるなんて、どうかしている。自分がよくやる手口だからこそ分かる、そういう振り回し方は余裕が無いと出来ない。つまりみょうじには余裕がある。俺には残念ながら、そんなもの見る影もない。



「でも赤くなるような心当たりはあったんだ?」

「もうお前嫌じゃ、嫌いじゃ」

「えー、私は仁王のこと結構好きのに」



どきり。みょうじからいとも簡単に吐かれたその言葉に、心臓が音を立てた。あーあ、なんだかんだ俺も人の子。先程から、俺の感受性はみょうじの言動にぶるんぶるん揺さぶられてしまっている。勿論、みょうじのその言動は天然なんかではなく、俺を揺さぶってやろうとして繰り出しているものであろう。相手の実力を測り間違えると痛い目を見る、とは正にこのこと。みょうじは、どうせなら勝ち誇ったような笑みでも浮かべてくれればいいのに、ここにきてふわりと俺の目を見て純度高く笑った。こんなに悔しい気分にさせられたのは久しぶりだった。



「…お前、近々絶対ゆでだこみたいにしちゃるきに」

「それはそれは、楽しみにしてる」

「言ったな?」



そこから俺は、自慢の思考をかなぐり捨てて、湧き上がる感情に身体を預けることにした。俺の手は、みょうじの肩を引っ掴んでみょうじを自分の方へ向き直させた。そこから、みょうじの耳に唇を寄せ、「今日、一緒に帰るぜよ」とそっと囁いた。すぐに離れるのは少し惜しくて、ふっとその小さな耳に息を吹き入れてやれば掴んでいた肩が僅かにぴくりと揺れた。あ、今ちょっとこいつ。
本日初めて手応えを感じた俺は、漸くまともにみょうじの目を見ることが出来る気がして、みょうじから手を離した。



「放課後、第二回戦じゃ」

「…望むところだね」



無敗宣言
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20170917

切磋琢磨の方向性がおかしい奴ら