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席替えをした。他のクラスはどうだか知らないが、うちのクラスは教室を均等に分けて出来た班で放課後の掃除を担当する。つまり、席替えをすると班員も変わる。
新しい班になって俺の班がまず担当することになった掃除場所は第二体育館。ここはバスケ部がいつも使わせてもらってる場所である。





「…誰もいねー」



放課後、移動が楽だ、なんて思いながら第二体育館に向かうと、バスケ部の面々はまだ来ていなくても当然だが、掃除担当である班員たちも誰も来ていなかった。体育館は静まり返っている。



「…チッ、サボりか?」



廊下ですれ違った顧問と少し話してから来た為にもしかしたら俺が一番最後かも、と思っていたのだが。それとも、適当に済ましてとっとと帰ってしまったのだろうか。そういえば班員って、誰がいたっけ。



「…」



思い出せない班員がサボったにしろ、適当に済ましたにしろ、自分が掃除をしない理由にはならないのでモップでもかけるかと、ずっと入り口で止めていた足を3歩ほど動かした所で、名前を呼ばれた。



「あ、笠松くん」

「…」



振り返ると女子生徒が一人立っていた。あぁそうそう、この子、同じ班だ。



「あれ?笠松くんだけ?他のみんなは?」



彼女も体育館に足を踏み入れ、キョロキョロと見回す。



「…いねー」

「え、いねーの?じゃあサボり?うーわしてやられたね初日から。まあ、今先生に聞いてきたら体育倉庫適当にやっとくだけでいいって言われたし二人でもすぐ終わると思うけど」

「…あぁ、」



そうか彼女は職員室まで聞きに行ってくれていたのか。
…というか、マズいことになった。俺は女子が苦手だ。二人とか気まずすぎて耐えられる気がしない。今だって全然会話出来てねえ。くっそ手汗が止まんねーヤベェ。しかしだからといってどうしようも出来ないので、彼女の後をついて体育倉庫に入る。



「…ってか適当にって…何すればいいんだろうね?」

「…ま、まぁ適当に整理とかしとけばっ…!!」

「えっわぁ!!」



瞬間、薄暗い体育倉庫の中でガシャーンという音が響き、埃がぶわっと舞い上がる。



「…っ」

「…か、笠松くん!!」

「!?わ、わわわ悪ぃ!!」



昨日ボール片付けたヤツ誰だ出てこい今なら10分の9殺しで許してやる。緊張と薄暗さのせいで足元に転がっていたバスケットボールが見えなかった俺は、それを踏んで思いっきりこけた。
そこまでは、まだいい。問題は、転けた先にみょうじがいたことだ。俺はみょうじとついでにスコアボードも巻き添えにして倒れた。今俺の下にはみょうじが倒れていて、俺の上にはスコアボードが倒れている。



「それより笠松くん手!!手大丈夫…!?」

「え」

「今私のこと庇ったでしょ…!!」

「え、あぁ全然、大丈夫」

「…ほんと?はー…良かったー…」

「…」

「あははまさか笠松くんに押し倒されるとは思わなかったよ」

「押し…!?いやっ、ごめっ、そんなつもりじゃっ、その、すぐ退くからっ…!?」



すぐに飛び退こうとすると、背後がぐらりとした。スコアボード以外にも何か乗っているのだろうか。



「…そこ、重なってるマットが絶妙なバランスで今の状態保ってるみたい。あんま動かない方がいいかも」

「…」



最悪だ。こんな時どうすればいいんだ。オイどうなんだ黄瀬答えろ…!!



「庇ってくれて、ありがとうね」

「…いや、俺が派手にこけたのが…悪いんだし…」



ヤバいヤバいヤバいヤバい。近い。俺女子苦手なんだっつの…!!いつまでこの状態でいりゃいいんだ…!?森山でも小堀でも黄瀬でも、最悪早川でもいい!!早く助けに来い!!



「…笠松くん、私の上、乗っかっちゃっていいよ」

「え゛」

「だってキツくないその体勢?部活前にあんまり変な体力の使い方しない方がいいですよ、キャプテン」

「…キャプ?え?」

「あれ?笠松くん男バスの部長じゃなかったっけ?」

「いや、そうだけど…なんで、知って…」

「えーそのぐらいみんな知ってますよ、キャプテン!」



そう言ってみょうじは目の前でにかりと笑った。3年間ほとんど女子と関わらずに生きてきた俺には勿論「こうかはばつぐんだ!」。あークソ、本当どうしたらいいかわかんねえ!!



「ほらキャプテン!どーんとこい!」

「…」



っだーーー!!もう分かんねえ!!分かんねえモンは分かんねえ!!もういいじゃねーか俺!!乗れって言われてんだから乗れよ俺!!



「…じゃ、じゃあ、」



俺は覚悟を決め、ゆっくりと彼女に体重を預けていった。



「…ほ、本当に大丈夫なのか…?潰れたりとか…しねえの?」



彼女に体重を全て預けきったのは良いものの、こんなに細い体で俺と、ついでにスコアボードの重みに耐えられるのだろうか。拝めなくなった彼女の顔の代わりに、冷たい床と温かい彼女の首すじをぼんやりと目に写しながら問いかける。あ、俺顔が見えない方が緊張しないかも。



「笠松くん…私はそんな弱っちくないよ!なんならあのマットも倒しちゃう?」

「…いや、」

「あはは冗談!流石にそれはつらい!」

「…」



彼女は思ったより全然元気だ。女子の体は俺が思ってたほどか弱いものでは無いらしい。しかし、俺よりは確実に力とか無い訳で。結局、どこまでしたら辛いのかとか全然分からん。分からん。



「…笠松くん固いよ!大丈夫!きっとすぐにバスケ部の人が見つけて助けてくれるから!」

「あ、ああ、そうだな…」



確かに、もうそろそろ部員が着替え始める頃だ。もう少しでこの事態から抜け出せるだろう。
…というか、普通俺が彼女を励ます側じゃないのか。俺は何を励まされてんだ。…けど、何を言えばいいのか、分かんねー…。



「…ごめん」

「へ?」

「俺、女子と話したこととか、あんまねーから…どうしたらいいか分かんなくて、」



先程からせっかく彼女が気を使って話しかけてくれているのに、ろくに返事も出来ない。こんなことになるなら、前に強制参加させられた合コン、もっと真面目に取り組むんだった。



「…笠松くんってさ、子ども体温なんだね」

「…え?」

「さっきからすっごいあったかい」



彼女は俺の不安を包み込むように、そう柔らかく声を発した。しかし、そんなこと初めて言われた。他人とこんなに密着することなんて今まで無かったから、当たり前っちゃ当たり前かもしれないが。



「…お前も、結構子ども体温なんじゃねえの」

「え?」

「…あったかい」

「…えー初めて言われた!じゃあお揃いだね」

「…」



顔は見えないが、彼女が今笑っただろうことが容易に想像出来て、また俺の子ども体温に磨きがかかった気がした。



「ほんと、笠松くん、あったかい…」

「…みょうじ…?」



彼女は気だるそうな声を出したあと、呼んでも返事をしなくなった。少しして、すぅすぅという呼吸が聞こえてくる。



「…こいつ、寝やがった…」



俺は、彼女の布団になってしまったらしい。



「…」



彼女は、あったかい。やわらかい。シャンプーのいい匂いもする。それから、規則正しく聞こえる小さな寝息。どれも心地が良い。彼女の顔が見えないことと、眠ってしまって会話がないことで俺の緊張も大分ほぐれてきていた。



「…」





「笠松今日遅いなーなんかあったのかねー…ってぇい!!!」

「?どうしたんスかー森山先輩ー?」

「…ん、」



物音と声で、意識が戻る。どうやら俺も眠ってしまったらしい。10分…いや、5分ぐらいだろうか。


「…かっ、」



彼女はまだ眠っているようだ。声に反応してそっと振り返ると、森山がいた。



「っ森山!!よかった、悪ぃんだけどちょっと助け」

「かっ笠松が!!女の子を押し倒している…!!」



森山がとんでも無い実況中継を変に響く声でした後、少し間を置いてから、がしゃーん、ばたーん、と色んなものが落ちたり倒れたりする音が向こう側から聞こえてきた。



「…お、おい森や」

「練習中止ィ!!おいみんな今日は赤飯だ!赤飯!誰か赤飯買って来い!」

「俺!俺買ってくるッスよ先輩!」

「笠松先輩!!!オ(レ)!!オ(レ)…!!!オ(レ)、先輩のこと今まで以上に尊敬す(る)っす!!!!」

「あ、じゃあ続きどうぞ。終わったら彼女連れて部室来てね!」

「森山ァァァァ!!!」



だってわたしろくでなし

* * *

子ども体温の笠松と赤飯赤飯言う森山が書きたかった。
2012.11.21