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※暗い、病んでる、高尾に出会う前


備品庫の中に閉じ込められてから、どれだけの時間が経っただろうか。ご丁寧に両手と両足を粘着テープで拘束され、腕を何か紐状のもので鉄柱か何かに固定されてしまっている。
目が覚めた時、灯りなんて勿論点いていなかったが、小窓から差し込む僅かな陽光で、此処が見慣れた学校の備品庫だと分かった。正直、ここまで念入りにやられたのは初めてだ。緑間は小さく溜め息を吐いた。上げっぱなしの腕が痛む。
緑間は、自身の運動を始めとした多くの能力の高さと、対人関係構築能力の低さを自覚していた。しかし、後者に関してはだから何か悩んでいるだとか、手を打とうとしている訳でもなかった。そんなものどうにかする気があったら緑間の対人関係はハナっからここまで拗れてはいないだろう。
そう、こんな目に合わせてきた犯人たちを緑間は容易に想像できる。個人を特定することは流石に出来ないが、同じ学校の、部活の奴らか、クラスの奴らか、取り敢えず緑間に対して妬み嫉み若しくは嫌悪を抱いている連中。始めに彼らがそういう目をしていた時に、もし緑間にもっと気を遣うだとか、そういった心遣いがあれば、事態はもう少し変わっていたかもしれない。しかし、緑間は彼らに必要以上の現実を突きつけてやった。何故ならそれが現実だから。
くだらない。緑間は心からそう思った。彼らも、緑間に対するこの行為はただの「発散」であって、大事にする気は毛頭無い。緑間がこれらを「くだらない」と思っている限り、この行為は公に出ることは無いのだ。

ーーガララ…

突然、重い引き戸を開ける音がして、緑間は顔を上げた。開いた扉の分だけ光が射し込んでくる。気の済んだ犯人連中が戻ってきたのだろう。そう予想したが、其処に立っていたのは一人の少女だった。少女は光の灯っていない瞳で一度此方を見下ろした後、ゆっくりと扉を閉めた。再び庫内は小窓から差し込む陽光にのみ頼ることとなる。



「…緑間くん、」

「…」

「良い格好だね、よく似合ってる」



少女は、緑間を下から上までゆっくりと眺めた後、言った。彼女に、この現状が異常だと騒ぎ立てる様子は全く無い。寧ろ、此処に緑間が閉じ込められていることを知っていたかのような口振りである。



「ねえ、脚は痺れてるの?腕は?痛い?」

「…別に。それより解いてくれないか」

「…」



少女は、緑間の言葉を受けてゆっくりと緑間に近づき、彼の念入りに束ねられた手首に手を掛けた。しかし、その手は緑間の手首に触れただけで、解くことは無かった。そしてそのまま少女は座り込んでいる緑間に跨った。緑間は驚いたように目を見開く。その様子を見て、少女は口角を上げて見せた。触れていた緑間の手首から指をつつと下降させていけば、緑間はぴくりと腕を震わせる。



「…なんだ、痛覚あるじゃない」

「…」

「緑間くん、痛いんでしょ」



緑間はその問いには何も答えず、眼前の少女の瞳を見つめた。少女も、緑間の視線に応えるように緑間を見つめ返した。沈黙が薄暗い庫内にじんわりと広がる。
しかし、その沈黙を緑間は自身の声で破った。



「…痛いのは、お前の方だろうみょうじ」



瞬間、少女の瞳は緑間の前で分かりやすく揺れた。それから何の感情も無かった瞳はじわじわと怒気のようなものを滲ませていった。その丸い瞳から、小さな口から、華奢な身体から、凍っていた感情が溶けて溢れ出てくるようだった。



「…どうして…どうしてっ…!!」



やがて少女の瞳からは涙が溢れた。それに対して緑間は「すまない」と、力無く謝罪の言葉を零した。少女はその細い腕を緑間の首に回して、ぎゅうと力を込めた。
少女はそのまま、抱きしめられることも突き飛ばされることもない男に身体を預けて目一杯泣いた。



傷つかない少年



(お願いだから、痛いって言ってよ)

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20170821