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学校から駅までの帰り道、隣に歩く男と僅かに手が触れた。たったそれだけで、肩がびくりと震え、触れた場所は熱をもった。しかしそれも仕方がない。何故なら私は、この隣を歩く古橋のことが多分好きだからだ。
どきどきと取り乱れた心を落ち着かせるべく深呼吸をする。それからちらりと古橋の顔を盗み視る。しかし古橋の表情に何ら変わりは無い。きっと、本当に僅かに触れただけだったのだろう。どうやら私が過敏になっているだけらしい。
古橋が今の一連の出来事に気付かなかったことは、私にとって果たして良かったのか悪かったのか。いまいち判断は付かなかったが、取り敢えずは胸を撫で下ろし、もう一度自然体を装って古橋の隣を歩いた。

しかし、10歩程歩いた時だっただろうか、また手が触れた。今度は先ほどよりもしっかりと。肩がびくりと震え、心臓が肥大したかのような錯覚に陥る。自らの手汗に幾分の居心地の悪さを感じつつちらりと隣を盗み見る。しかしやはり古橋の表情に変化は無く、ただ前を見て歩いているだけである。
私ばかりが意識しているこの悔しさを反省に無理やり変換しながらも、気を取り直して再び自然体を装い古橋の隣を歩いた。

しかしもう暫く歩いた時、まだ手汗の乾ききっていない手を、きゅっと握られた。思いも寄らぬ刺激に全身がびくりと震えたが、その刺激の発生源である温かい大きな手はすぐに離れていった。
心臓がどくどくと一生懸命血を身体中に送っているのを感じつつ、古橋の方に顔を向ける。しかし、彼の表情に変化は何一つ認められなかった。



「…いやお前さっきからわざとだろ」



そう問えば、古橋は表情に変化をつけないまま、此方に視線を向けた。



「何がだ」

「手」

「手?」

「とぼけんなよ」



古橋は疑問符を浮かべながら首を傾げる。こいつ、あくまで白を切るつもりか。上から見下ろしてくる、何の感情も読み取れないその瞳が憎くて、思わず睨みつけた。



「…みょうじ、少し顔が赤いな」



しかしそんなものはつゆも気にせず、古橋はそう言ってその手を私の頬に添えてきた。それにより自分でも今まで以上に顔に熱が集まるのが感じてとれた。



「…耳まで真っ赤になった」

「…もうやだ、なんなの」

「…すまないが意味が分からないな」

「嘘、絶対分かってやってる」



そう睨みつければ、無表情の古橋が僅かに口元に弧を描いた。「いや、全く分からない」と。それどころか、「良ければ教えてくれないか」なんて抜かしてきた。



「絶対嫌だ」

「そうか、それは残念だ」



古橋はそう言って、今度は私の指に自らの指を絡めてきた。驚いて咄嗟に古橋の方に顔を向けるが、今度はその手はすぐには離れていかない。



「何か言うまで、止めない」



古橋はそう宣言してから、また前を向いて歩き出した。

ああもう、自分の趣味の悪さに眩暈がしそうだ。




鈍色イニシエーション
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20170805