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12月。ついこの間まで暑い暑いと言っていたのが嘘みたいにめっきり寒くなって、街行く人々の格好は、ぬっくぬくのもっこもこなものへと移っていった。
勿論それは先月末からの話であるが、12月になった今、ついに暦も認めたのだ。冬になったぞ、と。
駅前にはなんか光り輝く木みたいのがあって、赤い服来てトナカイ引き連れてるおじさんも至るところで見かけるようになって、お店からはじんごーべーじんごーべーなどと聞こえてくる。



「ただいまー…」



おかえり、なんて言ってくれる人、いないけど。
高校を卒業してから、私は一人暮らしを始めた。今は大学に行ったり、バイトをしたり、友達と遊んだり、なんとかのそのそと生きている。高校生の時は、今頃ウィンターカップだなんだって忙しかったな。まあ、それももう過去の話ですが。実は私、高校時代に強豪バスケ部のマネージャーなんかやってたんだぜ?びっくりでしょ?私もたまに思い出してびっくりするもん。



「あー今年の赤白歌合戦楽しみだなー…」



部屋に一人。小さな独り言もやけに響く。温かい紅茶スタンバイOK。美味しい蜜柑スタンバイOK。ぬくぬくおこたスタンバイOK。これからダラダラする私のスタンバイOK。ああ、これだよこれ。冬の楽しみ。寒い寒い言いながら暖かさを求めてひたすらだらだらするのが冬は楽しいんだよ。おこたに入ったところでテレビをつける。



「やっぱり12月の楽しみは赤白だよー…ガキ使なんて私は認めないよー…」



炬燵の、人工的な癖して人の温もりみたいなものを感じさせる暖かみに顔がふやけ始めた頃、ピリリリと、くぐもった電子音が鳴り響いた。



「…」



ピリリリ、ピリリリ。
私の携帯はなかなか黙らない。

ピリリリ、ピリリリ。
誰だか知らないけど、いつもだったら私も出てるよ?その電話。でもさ、私もう炬燵と合体しちゃったじゃない?そんな地平線の彼方にある鞄の中の携帯がちょーっと喚いてるぐらいじゃ動かないぜ、私。

…ピリリリ、ピリリリ。
…おいもう3分は鳴りっぱだぞ。誰だよ。携帯の充電無くなるわ。



「ったく、しょーがないなー…」



私はコンセントの限界まで、炬燵ごと移動する。そこから、夏に友達と参加した"ヤゴ救出大作戦"にてもらったむしとり網で、地平線の彼方まで手(網)を伸ばし、鞄を捕獲する。



「はい、よいしょーっと」



ずるずると鞄ごと引き寄せ、ようやく私と携帯は再会する。
さあ、誰だこのしつっこいのは。



「…森山」



携帯の液晶に表示された"森山由孝"という四文字は、この3分耐久戦の存在理由を私に納得させるには十分すぎるものだった。森山とは、私がマネージャーをやっていたバスケ部のレギュラーだった奴で、ナチュラルにぶっ飛んだ奴だった。わあ、嫌な予感しかしない。



「…もしもし、」

「…なぁ、ちょっと聞いていいか…」



普通、なんで出なかったんだ、とかまず聞くと思うのだが、普通が適応されない森山の第一声はこれであった。大変深刻な雰囲気を醸し出しながら、森山は私に聞きたいことがあるという。



「久しぶりだね。どうしたの」

「…クリスマスって…何すんだ…!?」

「…」



ほらね。これ森山くんマジだからね。マジで謎の危機感感じて私に電話してきてんだよこいつ。



「クリスマスシーズンはさ、俺高一ウィンターカップだったわけ。で、高二がウィンターカップで高三が…ウィンターカップだったんだよ。そんなイキナリほっぽりだされても…俺困っちゃう」



その言葉、そのままバットで打ち返してやりたい。どうして私が冒頭で、クリスマスツリーサンタさんジングルベルという単語の直接表現を避けてそのまま脳内を大晦日にトリップさせたと思っているんだ。
しかし、此処で冷静さを失ってはいけない。一つ、息を吐く。きっと、身体に染み付いた高校時代の部員対処術はまだ消えていない筈だ。



「…去年一昨年はどうしてたの」



私たちがほっぽりだされてから今年でかれこれ3年目だが、こんな電話がかかってきたのは初めてだ。まずは過去二年の傾向を聞き出し、今後の出方を伺う。



「一昨年は笠松と…去年は笠松と早川と…」

「じゃあ今年は黄瀬も加え」

「アイツは駄目だ、抉られる」

「…じゃあ今年も笠松と早川と」

「なあ、よく考えてみろ。笠松と早川って…駄目だろ」

「?なにが?」

「何その彼女ナシ連合軍」

「お前がその隊長だろ」



どうやら高校時代の彼らは卒業後も繋がりがあるどころか、未だに聖夜を一緒に過ごす仲らしい。
私も他人のことにとやかく言えるような生活は全くもってしていないが、それでも言わずにはいられない。何してんだあいつら。



「…改めて聞く。クリスマスって…何する日…?」

「…グランプリファイナル見る日」

「今年はクリスマスとかぶってないぞ」

「じゃああれだ、ドラもんのスペシャル見る日」

「お前声変わってからあんま見てないだろ」

「…」



森山をはじめ嘗てのチームメイトたちの卒業後のこの有り様に呆れを隠せないものの、じゃあ私が森山のこの問いに答えられるかと言ったらそんなこともなく。
非常に残念なことだが、結局は私も森山たちと同じ括りに入るのかもしれない。



「…みょうじ、去年と一昨年どうしてた?」

「一昨年はバイト…去年は風邪引いて一日中寝てた」

「今年は?」

「…うるさいよ。12月の最大イベントは大晦日の赤白歌合戦でしょうが」

「…」

「おい何で黙んだ」

「…どうして小堀だけ彼女がいるんだろうなー…」

「…安定感あるからじゃなーい…?」



クリスマスって、何する日。
この問いの答えは両者もっていないということが明らかになったところで、我々と同じ高校のバスケ部でありながら、その答えをもっていそうな唯一のチームメートの名が挙がった。勿論、そんな彼に連絡をとって聞いてみようだなんて悲しい真似は流石にしない。
なんだか懐かしくも残念な沈黙が電話越しに広がった。



「…ねえ、今年一緒に過ごそうよ」

「…え?なに、彼女ナシ連合軍への勧誘?」

「いや、二人でってこと」

「…は」

「俺お前ん家行くわ」

「いやいやいや」

「だらだらしようぜ」

「…」

「…え、やだ?」



普通じゃない、どこかぶっ飛んだ森山くんというのは、卒業してもやはり尚健在のようで、よく分からない誘いを持ち掛けてきた。普通に考えたら在り得ないその誘いだが、如何せん森山は普通が適応されない。それに、嫌かと聞かれると、正直嫌ではない訳で。加えて「だらだらしようぜ」という誘い文句は、私にはとても魅力的であった。流石、三年離れたところで三年一緒に過ごした仲間は私のことよく分かっている。



「…じゃあ、ドラもんの映画借りてきて。私あれ見たい。日本生誕とたい焼き王伝説」

「よし分かった。それと念のため宇宙放浪記も借りてく」

「それでも見たりなかったら、ウチにあるハローポッター見よ」

「あぁ、誠凛の」

「え?」

「いや何でもない」

「…森山、」

「ん?」

「ごろごろしようね」

「…温かい紅茶と美味しい蜜柑とぬくぬくおこたスタンバイして待ってなさい」




物言わぬ蕾




結局、この電話の目的は何だったのだろうか。でも、相手が森山だという時点でそんなもの考えるだけ無駄であろう。
取り敢えず、今年は久しぶりにエキサイティングなクリスマスが過ごせそうで、何だかちょっとだけ楽しみになった。





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2012年12月拍手お礼文