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「先輩、」



影山が私に好意を寄せてくれているのは随分前から知っていた。如何せんこの大きながきんちょは分かりやすい。何かしら会いに来る理由を作っては私のことを先輩先輩と呼んだ。



「みょうじ先輩、」



やがて、毎日のように私のもとへ来るようになった。理由なんてものはもう作らなくなっていた。如何せんこの大きながきんちょは馬鹿だ。そのうちに理由を考えることすら頭から抜け落ちてしまったのだろう。



「…」



そして今。影山は私のことを呼ばない。
昼休みの貴重な時間を中庭にある一番大きな木の下で過ごすということを敢えてスガに告げてから、私は教室を出た。そして目論見通り、恐らくはそれをスガから聞いてやってきたのだろう影山くんは、草の上で目を瞑って横たわる私を見下ろしている。これだけ毎日寄ってこられれば嫌でも影山の匂いも気配も覚えてしまう。もう見えなくても分かる、此処にいるのは、影山だ。
影山は依然いつものように私の名前を呼ぶことはせず、そのまま隣に腰を下ろした。心地よい風が頭上の木の枝を揺らし、私の頬を撫で、私と影山の間を通り抜けていく。時たま隣から制服の擦れる音が聞こえてくる。隣のこのがきんちょは今、どんな表情をしていて、何を考えているのだろう。そろそろ折れてあげたら、なんてスガの言葉と苦笑いが脳裏を掠めた時だった。



「…なまえ、」



とくり。心臓が思わず反応する。声色だけで緊張が伝わってくるような、低くて可愛い声。今までのこの無言の時間は、ただ私の名前を呼ぶ為の決心とか葛藤の時間だったのか。そんなこと、



「……さん、」

「…ふっ」



そして、時間を置いて降って来たのは、敬称。影山が中学時代に在籍していたバレー部は強豪なだけあって中々上下関係も厳しかったという。その名残なのか何なのかは知らないが、一応年上である私を呼び捨てには流石に出来なかったらしい。思わず込み上げて来てしまった笑いはどうにも抑えることが出来なかった。



「!!っ先輩、起きてた…んですか」

「いや?寝てるよ?…ぶふっ」

「起きてんじゃないすか!!!」



観念して目を開け身体を起こせば、視界には頬と耳が赤くして怒る影山が映った。お腹の奥の方から込み上げてくるこれが、愛しいという感情なのだろう。



「大体なにこんなとこでぐーすか寝てんですか!!ムボービにも程がある!!」

「ご心配ありがとう」

「そういうんじゃないですから!!」



そんなに照れるなら初めからしなきゃいいのに、と饒舌になったがきんちょを見て、思う。これは黙ってたらいつまで待たされるか分かったもんじゃない。
私の記憶の中のスガがまた言った、「そろそろ折れてあげたら、好きなんでしょ」と。



「…ねえ影山くん、」

「なんですか!」

「名前、もう呼んでくれないの?」

「…襲いますよ」

「何でだよ」



少し背中を押してみれば流石はバレー部、ものすごく飛躍した答えが返ってきた。しかしがきんちょのがきんちょたる性格は私もよく理解しているつもりだ、「まあ、どうそ。そんな勇気が君にあるならね」と言ってやった。すれば影山は案の定ムッとした表情を見せて私に向き直った。



「…あんまりオレのこと年下扱いしてるとそのうち痛い目に遭いますから、覚悟しといてください、なまえ、…さん」





エバー・ネバーランド
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20140901