肌を撫でる生温い温度。人の喧騒。屋台の色味と夜空のコントラスト。たこ焼きの匂い。 「なあ財前!たこ焼きや!!」 「せやな」 夏の終わり。惜しむように、なんてそんな感傷に浸るような儚さ此処の人間は持ち合わせてへん。がめつく夏を最後まで搾り取るように、夏祭りが今年も此処では行われていた。 「あっ財前!!焼きそばや!!!」 「せやな」 俺ははしゃぐ金ちゃんと二人、屋台の中を歩いていた。もう少し歩けば、部長たちがおるはずや。ちなみに、部長たち、というのは、部長と、銀さん、と、あれ、あと誰かおったっけ。ラブルスはラブルスで楽しむらしいし(結局合流する気がしないでもない)、謙也さんは誘ってへん。なまえさんは、誘ったけどやっぱり欠席の返事をもらった。 やっぱり、というのも、クソしょうもないことに、春先に謙也さんとなまえさんは別れよった。あの頃は二人して辛気臭いツラしよってほんまウザかったわ。ほんで、去年の夏祭りなんかはラブルスよろしく謙也さんとなまえさんも二人でまわっていたようだ。よう知らんけど、なまえさんはもう思い出したくないんやろうなあと思う。謙也さんは、何をいっちょ前に女泣かしとんねん、と思う腹立つ。そんな中毎年浮いた話をガンガン沈めて夏祭りに参戦してくる部長は、部長やなあと思う。カブトムシのケツばっか追い回して、この人実は思春期まだ来てへんとちゃうやろか。 「あっ財前!!なまえちゃんや!!!」 「せやな。…は?」 そんなことを考えていると、突然、今までの食い物に飛びつく流れとは外れた固有名詞が隣から飛んできた。既に聴覚は人の無数の喧騒を拾い始めている中、一呼吸置いて俺は金ちゃんに視線を向けた。 「金ちゃん」 「なんや?」 「今なんて言うた?」 「なまえちゃんや!」 「なまえさんがおるわけないやろ」 「せやかておるもん。ほらあそこ、おーい」 「やかましい黙りや金ちゃん」 腕をぶんぶんと振り回して大声を出そうとした金ちゃんの口を全力で塞ぐ。何故なら金ちゃんの指差した先にはなまえさんがおったから。人混みからも屋台道からも外れて、一人暗がりの細い道に入っていこうとしているあれは間違いなくなまえさんであった。なんでおんねんあの女。 「何すんねん財前!!!」 「金ちゃん、ええか、この道まっすぐ歩いてくんやで、勝手に知らん人についてったり知らん道歩いてったりしたらアカンからな。食い物は部長たちと合流するまで我慢するんやで」 「…何や財前、一緒に行かんの?」 「急用ができた」 「エライ急やなあ」 「ほんまや、叶わへんわ」 そう言い残して、俺は金ちゃんと別れ、人混みを避けつつなまえさんを追った。ほんま、自分で自分に呆れるわ。何しとんのや俺は、思春期か。 広い通りから外れて石畳の上を歩いていくと、先程まで聞こえていた喧騒はみるみるうちに遠のいていった。道の両脇には背の低いツツジの葉が無造作に生い茂っていて、頭の悪いカップルが潜んでいそうだと思った。去年、謙也さんとなまえさんも此処におったりしたのやろうか。うわ、何やそれごっつ嫌やわ。 暫く歩くと、右脇に少し開けた場所を見つけた。正確には、先になまえさんを見つけて、そのなまえさんのおる所は、ツツジの茂り方が控えめな場所であった。なまえさんは、膝を抱えて、一人腰を下ろし、少し小高いその場所から屋台と提灯のやかましい色合いを見つめていた。 「なまえさんやないですか」 我ながら何て白々しい、と思わずにはいられない声の掛け方をすれば、なまえさんは敵に見つかった小動物のように身体全体を緊張させ、瞬足で此方に顔を向けた。 「ざっ財前…」 「何してはるんですかこんな所で」 「ほんまにな」 茂みをかき分けてなまえさんの元へ行けば、なまえさんは力なくそう言ってまた膝を抱え直した。 「ごめんな、せっかくの誘い断ってもうたのにこんなとこおって」 「別にええですよそんなん。楽しみにしとったのは金ちゃんと部長やし、俺かて結局此処におりますし」 「何や、はぐれたん?」 「自らっすけどね」 「…財前は財前やなあ」 なまえさんの隣に腰を下ろせば、なまえさんは拒絶することもなくそのまま俺が此処におることを許容した。 「…謙也さんなら、誘ってないんでおりませんよ、多分」 なまえさんは、「謙也さん」の名前を出した途端、分かりやすく肩を揺らした。それから、「…アンタ、相変わらず良い性格しとんなあ」と眉を下げながら笑った。 「去年はな、此処で謙也と線香花火してん」 なまえさんは小さな声で言った。 「謙也いつもやかましいけど、そん時は黙りこくって、真剣な顔して線香花火見とったわ」 「…そうですか」 「…せや」 なまえさんは、謙也さんを忘れられずにいる。一人でこんなとこまで来よって、ほんま、呆れを通り越して腹が立ってくる。あんなスピードバカのどこがそんなに良いのか、俺にはさっぱり分からへん。 「…なまえさんは、アホですわ」 「…せやなあ」 「…なまえさん、」 「…何や」 「こっち向いてください」 何や、と素直に此方を向いたなまえさんの肩を引き寄せて、そのまま口を付けた。柔らかい感触がした。 抱いた肩は放さず、唇だけ離してなまえさんの目を見れば、なまえさんは目を丸くして俺を見ていた。 「…ウチで思春期来とらんの、金ちゃんと部長くらいっすわ、気ィつけて下さい」 「…何やねんアンタ、泥沼が好きなんか」 「泥沼に巻き込まれるのはゴメンっすけど、こればっかりはしゃーないっすわ」 「…しゃーない、せやなあ。しゃーない、か」 なまえさんの瞳がゆらりと揺れた。抱いていた肩からは、力が抜けたのが感じられた。 なまえさん、ともう一度名前を呼んで、もう一度口を付けた。なまえさんは、その手を俺の肩と胸板に添えてきた。暫くそうしていると、少し塩辛い味がした。きっと、なまえさんの涙の味だろう。 ああこれが夏の終わりか、なんて、柄にもなくそんなことを思ったりした。 欠けて満ちぬ * * * 20170911 多分この後財前となまえさんは付き合うだろうけど、なまえさんが謙也さんのこと忘れられるかはちょっと難しいかもしれないね がんばれ財前 イメージソング:蛍火/RYTHEM |