「財前くん」 「なんすか」 「いや…私仮にもアンタの先輩やん?敬えとは言わへんから、せめて同等に扱ったってや」 「なまえさんが課題早よ終わらせられるようになったら考えたりますわ」 部活の可愛いようで可愛くないようで可愛い後輩へ、腰の低い申し出をしたのがつい30秒程前のことになるだろうか。財前は蔑むような視線を此方に落として私を一蹴した後、またスマートフォンの液晶画面へと意識を戻した。 「なんでやねん!せやから先帰っててええってさっきから言うてるやん!」 というのも、夏休みも明けた新学期、私はその夏休みの宿題を終わらせずに登校をした(悪気は無い、忘れてただけである)。結果、放課後に教室に残らされてこの有様、という訳だ。見てやこのドリルの山。 まあ、この結果に文句は勿論無い。夏休みの宿題をやっていかなかった私が悪い。その辺の分別は持っているつもりだ。しかし、せっかく部活もオフやというのに、財前は三年の教室までわざわざ私を見下しに来ているのである。こいつどんだけ暇やねん、ほんま悪趣味な奴や、信じられへん。 財前は、私の席の前に位置する机に体重を預けながらひたすらにスマートフォンの液晶の上で親指を滑らせていたが、私が「なんでやねん」をぶつけた瞬間、今度は盛大なため息を吐きよった。 「ほんまアホちゃいます?早よやれやそれ」 「おい敬語、いやせめてタメ語、アンタのそれは命令語」 「うっさい俺は早よ帰りたいんすわ」 「だーから帰ってええ言うてるやん」 「ほんま腹立つわーこいつ」 「なんでやねん!!!」 「うっさい勢いで喋んなや」 あーあ本業もプライベートもこの有様。課題は終わらんし後輩にはいびられるし。一体何や。私と白石の差は一体何や。母性か。母性の差か。 溜め息を吐きつつ、握っていた鉛筆を手放す。ころりと机の上に転がる軽やかな音が聞こえた。鉛筆を手放すついでに身体を机の上に投げ出して、ついでのついでに窓の外に視線を投げだせば、夕焼けがかった空が視界に飛び込んできた。嘘やんどんだけ私ここにおんねん。 「…アンタ、いい加減帰らんと日暮れるで」 「暮れるでしょうね、そのペースやと」 「早よ帰りや。白石心配すんで」 「部長は俺のオカンちゃいます」 「第二のオカンみたいなもんやん」 「俺はあの人の股から出てきた覚えないです」 「やめやその言い方流石にきしょいわ、ちゅーか待て待て趣旨がズレとるわ」 「ずらしたのなまえさんやろ」 「ざーいぜんくん、早よ帰りやって!!聞き分けのない!!子供か!!」 「アンタの股から出てきた覚えもないっすわ」 「DNAの話ちゃう上にセクハラやそれは!!何やねんもう!!謙也のがまだ大人やで!!」 がばりと身体を起こして言ってやる。カッチーン。瞬間、財前の表情からそんな音が聞こえてきた、ようであった。すごい勢いで此方を睨んだ後ゆらりと立ち上がり(怖いとか思ってへんからな)、課題の積まれた私の机に、ダンッと大きな音を立てて手をついた。 「日が暮れるのが目に見えてるから俺が此処におるんやろが、分かれやドアホ」 「…は?」 「…なまえさん暗がりん中一人帰らせられへん言うてるんです」 財前はそう言った後、ついた手を退けた。それから再び私の前の机に体重を預けてスマートフォンの液晶に意識を落とした。 「…なんやアンタ、私のこといっちょ前に心配してくれてん?」 「何言うてはるんですか、なまえさんの頭の悪さは俺だけやなくて先輩らも皆心配してます」 「なんやとコラ」 「文句は課題終わらせてから聞きますんで」 そう言う財前の表情は、既にいつもの無表情に戻っていた。しかし、私のこのバカ素直に現実を受け入れる精神はもう失せてしまっていた。大体、財前や金ちゃんみたいなのが伸び伸びやれるのがウチの長所だ。私だって型にはまる必要ないじゃないか。 私は勢いをつけて椅子から立ち上がった。 「財前、帰んで」 「…は?何言うてはるんですか、課題終わっ」 「こんなもん、明日先生におもろいネタ見せればチャラになるやろ」 「…なまえさん、アンタ色々とナメすぎっすわ」 「財前くんは先輩をナメすぎや」 「否定はしませんけど、そらなまえさんが悪いわ」 その省エネ暴言は黙殺しつつ、課題の山をそのままスクールバックに詰め込む。何というか、金ちゃんは素直すぎやと思うけど、財前はちょっとひねくれすぎや。 「財前くん」 「…なんすか」 「君の気持ちは受け取った。帰りになまえさんがたこ焼き奢ったるわ」 財前の滅多に見れへん渾身のデレが見れたのが嬉しくて、緩んだ口元もそのままにそういえば、財前はきょとんと面食らったような表情を向けてきた。それから不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、財前もまたリュックを肩に背負った。 「…この女絶対泣かす」 「何や、何か言った?」 「何でもないっすわアホ」 愚人累々 * * * 20170910 この財前は数年後色々と大人びてから、先輩をどぎまぎさせにいくはず それはそうと方言分からへん |